「AI活用ナンバーワン都市」へ。北九州市が挑む、市民サービスを変革するAI戦略と未来像

少子高齢化やそれに伴う労働力不足は、日本全国の自治体が直面する喫緊の課題だ。中でも、他の政令指定都市に先駆けて課題に直面している北九州市は、この状況を打破すべく「AI」の活用に大きく舵を切りました。

2025年4月には全国の政令市で初となる「DX・AI戦略室」を設置し、「AI活用ナンバーワン都市」を目指すと宣言。その本気度は、庁内業務の変革から市民サービスの向上まで、多岐にわたる具体的な取り組みに表れています。

今回は、北九州市政策局DX・AI戦略室DX推進担当課長の徳光さんと同係長の髙塚さんに、AI戦略の全体像から具体的な実証プロジェクトの成果、そして市が描く未来の姿まで、詳しくお話を伺いました。

全国でも先進的な「DX・AI戦略室」。AIで課題先進都市から未来を創る

Q.なぜ北九州市はこれほどAI活用に力を入れているのですか?

徳光さん:背景には、少子高齢化が進行し、いわゆる2040年問題も目前に迫る中で、「これまで通りの職員数や人員体制は確保できなくなる」という強い危機感があります。市長の「これからAIの力を活用して改革を推進してい」という考えのもと、2025年4月、組織名に「AI」を冠した「DX・AI戦略室」が誕生しました。私たちが把握している限り、政令市で組織名に「AI」と入っているのは本市が初めてで、全国の市町村を見ても数例しかありません。「AIをやっていくぞ」と明確に宣言している自治体はまだ少なく、この点は本市の大きな特徴だと考えています。

髙塚さん:この宣言に合わせて「AI活用ナンバーワン都市 北九州市」を目指すという宣言文も作成したのですが、実はこのプロセスにも生成AIを活用しています。AIを実践的に使いながら、AI活用のPRにもつながるよう、分かりやすい表現を考えました。さらに、ブランディングの一環として、独自のロゴマークも作成しました。

目標は職員の9割活用。研修とポータルサイトで「AIが当たり前」の文化を醸成

Q.庁内でのAI活用をどのように推進しているのでしょうか?

徳光さん:私たちは、職員の生成AI活用率を令和9年度までに9割に引き上げるという高い目標を掲げています。しかし、取り組み当初はなかなか利用が伸びず、一部の興味がある職員が個人的に使うという局所的な状況でした。まずは「生成AI」という言葉との接触回数を増やし、その存在と可能性を広く認識してもらう段階からのスタートでした。

そこでまず着手したのが、全職員が使える環境の整備です。令和6年度から、全職員が使える生成AIツールを導入しました。さらに、今年度(令和7年度)には、職員が生成AIに関する情報へ容易にアクセスできるよう、専用の「生成AIポータル」を構築しました。このサイトでは、ツールの利用状況や研修の案内、私たちが発行する「生成AI通信」などを閲覧でき、職員がAIに親しみを持てる環境づくりを進めています。

研修も大幅に強化し、今年度だけで31回開催し、延べ2,000人以上もの職員が受講しました。研修では難しい理論よりも、まずは「AIでこんなことができる」という便利さを知ってもらうことを重視しています。例えば、幹部職員向けに実施した研修では、基本的な内容を学んだ後、「では実際に、ChatGPT Enterpriseを開いて使ってみましょう」と、その場で課題に取り組んでもらうハンズオン形式を取り入れています。

この二段構えの研修以降、特に幹部職員の利用率が目に見えて伸びており、日常的に活用する職員が増えている手応えを感じています。また、民間企業の技術者の方々と合同でハッカソンを開催し、職員と企業が一緒になって自身の業務課題をAIアプリでどう解決できるかアイデアを出し合い、AIアプリの試作品を作成する場も設けました。当日は市長が参加できなかったため、市長のアバターを登場させ結果発表を行うなど、遊び心も取り入れながら利用促進を図っています。

こうした取り組みの結果、当初500人程度で横ばいだったツール利用者数は、7月の宣言以降に急増しました。職員全体の利用率はまだ30%ほどで目標達成には更なる努力が必要ですが、市役所の約350ある課のうち95%で誰かしらが生成AIを使う状況になっており、全庁的に浸透が進んでいるという明るい見通しを持っています。

業務効率化の先へ。市民サービス向上を目指す3つのAI実証プロジェクト

Q.市民向けのサービスでは、具体的にどのような取り組みをされているのですか?

徳光さん: 職員のAI活用推進と並行して、より市民生活に近い領域でのAI活用も重視しています。区役所の職員は、市民の方と直接向き合い、丁寧な対応を心がけていますが、電話でのお問い合わせへの対応や、相談内容を記録する議事録作成など、多岐にわたる業務に追われ多忙を極めています。

特に福祉の現場などでは、専門知識を持つ職員が、その専門性を十分に発揮して相談に乗ったり支援したりする時間を確保することが難しくなってきています。そこで、職員が本当にやりたいことに注力できる環境をAIで実現できないかと考え、市の中心部にある小倉北区役所で3つの実証プロジェクトを開始しました。

実証プロジェクト 目的・課題 AIによる解決策
① 電話の自動応答 マイナンバーカードに関する大量の電話問い合わせ対応に職員が追われる。 AI電話エージェントが自動で一次対応。24時間365日の応答を可能に。
② 生活保護の検索支援 相談対応時に参照する資料が膨大で、特に新人職員は適切な情報を探すのに時間がかかる。 生成AIが膨大な資料の中から関連性の高い情報を抽出し、回答を補助。
③ 相談記録の自動作成 相談記録の作成に時間がかかり、メモを取る間は相手の顔が見られない。 マイクで拾った会話をAIがリアルタイムで文字起こしし、要約まで自動作成。

Q.それぞれの実証プロジェクトで、どのような成果がありましたか?

徳光さん: 一つ目の「電話の自動応答」では、市民課にかかってくる電話の約半数を占めるマイナンバーカードの問い合わせを対象にしました。AIが自然に応答できるようになるまで、担当職員がAIと対話を重ねイントネーションなどを含めた調整に約2ヶ月を要しましたが、1ヶ月の実証で月1200件の問い合わせのうち約200件が職員を介さずにAIで完結しました。

1日あたり10件程度の電話対応が削減された計算です。また、閉庁後や休日にかかってきた電話にもAIが対応し、その場で解決できた事例もあり、市民サービスの向上につながる大きな可能性が見えました。

二つ目の「生活保護の検索支援」では、膨大な資料の中から必要な情報を探す職員の負担軽減を目指しました。異動してきたばかりの職員でも、AIの補助があれば「ここを見たらいいのでは」という当たりをつけやすくなります。AIの回答を鵜呑みにするのではなく、それを持って先輩職員に確認することで、自己解決までの時間が短縮され、職員の成長や知識レベルの平準化につながる可能性を感じています。

三つ目の「相談記録の自動作成」では、劇的な効果が表れました。例えば空き家の相談窓口では、これまで1件あたり30分かかっていた記録作成が、AIの活用でわずか5分程度に短縮されました。1件で25分、月間で約9時間もの時間が創出されたことになります。職員からは、この生まれた時間を使って、これまで手がつけられなかった紙の記録のデータ化作業に着手できたという声も上がっています。さらに重要なのは、AIがメモを自動で取ってくれるため、職員が相手の顔をしっかりと見て話を聞けるようになったことです。特に高齢者の方の相談などでは、表情や声色の変化から体調を気遣うなど、より質の高いコミュニケーションに注力できたという声が寄せられており、効率化だけでなく職員の満足度や心理的負担の軽減にもつながっています。

私たちが目指しているのは、単なる業務効率化ではありません。AIに任せられることは任せることで、職員が人間にしかできない、よりきめ細やかな支援や相談に注力できる体制を築くことです。それが最終的に市民サービスの向上に結びつくと信じています。

「一つの窓口」で全てが完結する次世代自治体へ。北九州市が描くAIとの共存の未来

Q.今後の展望についてお聞かせください。

徳光さん: 今年度行った3つの実証プロジェクト(電話、検索、相談対応)は、それぞれを個別に行いましたが、今後はこれらを連携させることを構想しています。市民の方が区役所に来庁された際、一つの窓口で相談すれば、その先はAIと職員が協働して必要な手続きやサービスへシームレスにつないでいく。そんな、区役所のサービス全体をAIで変革していくことに着目しています。

Q.職員の利用率9割という高い目標達成に向けた、次の一手は何でしょうか?

徳光さん: チャットベースでの自由な活用を広げていくと同時に、日常業務の中にAIを組み込んでいくことが不可欠だと考えています。職員が「意識せずに使っていたけれど、実はこの機能は生成AIだった」という状態を作り出すことが、利用率を飛躍的に向上させる鍵になるでしょう。

Q.これだけのスピード感で成果を出せている秘訣は何でしょうか?

髙塚さん: 理由は2つあると考えています。一つは、市長自らが「どんどんAIを使っていこう」と発信するトップダウンでの強力な推進です。「AI活用推進都市宣言」まで行うことで、市全体でAI活用に取り組む空気が醸成されました。

もう一つは人材面です。国の「地域活性化起業人制度」を活用し、民間のIT企業からAIやITに精通した専門人材を3名受け入れています。その方々と私たち市の職員が一体となってプロジェクトを進める体制を構築できたことが、このスピード感を生み出している大きな要因です。

Q.読者である市民の目線では、「AI活用ナンバーワン都市」になると暮らしはどう変わるのでしょうか?

髙塚さん:現状では、サービスや手続きごとに担当窓口が分かれており、市民の方には複数の窓口を回っていただく必要があります。私たちが目指すのは、こうした縦割りの垣根を取り払い、住民の方が接する窓口を一つにすることです。その一つの窓口を起点に、AIと人間が協働し、その方に本当に必要なサービスや手続きへ的確にご案内する。これは一例ですが、私たちが目指す「次世代自治体」の姿であり、「AI活用ナンバーワン都市」が実現した時の市民の皆さんの暮らしの姿だと考えています。北九州市が抱える課題は、裏を返せばAI活用の実証フィールドとしての大きな可能性を秘めています。今後も企業や大学など外部の力も借りながら、小さい成功と失敗を積み重ね、市民サービスの向上と社会課題の解決に邁進していきたいです。