全社員の9割がAI活用、コスト3億円削減。ディップが拓く「AI前提社会」の未来

求人情報サービス「バイトル」などを運営するディップ株式会社。

同社では、実に全従業員の9割以上が日常的にAIを活用し、年間4億円ものコスト削減を達成するなど、国内でも屈指のAI活用先進企業として知られています。その取り組みは2014年から始まり、10年間の歳月のなかで社内文化として根付いてきました。今回は、同社の執行役員 BizOps本部長 兼 クオリティ統括部長を務める進藤圭さんに、現在に至るまでの具体的な取り組み、成功の秘訣、そしてAIと共に描く未来の展望について、詳しくお話を伺いました。

黎明期からの挑戦と、全社を巻き込む推進体制

Q.貴社ではいつ頃からAI活用に取り組んできたのでしょうか?
進藤さん: 当社のAI活用の歴史は、実は2014、5年頃から始まっており、比較的長いのが特徴です。求人マーケットは非常に労働集約的な側面が強いため、AIによる自動化でお客様やユーザーの価値を高められるのではないかという考えから、2014年に「dip AI Lab」という組織を立ち上げたのが原点です。翌2015年にはオウンドメディア「AI NOW」を創設し、情報発信も開始しました。

そこから「AIアクセラレーター」というスタートアップ支援プログラムや、社内で培った自動化のノウハウをお客様に提供する「AI・DX事業」へと展開していきました。さらに、CVCとして「レイバーソリューションファンド」を設立し、投資先スタートアップのプロダクトをお客様に提供するエコシステムも構築しています。歴史を大きく分けると、最初の5年間で社内のDXとAI化を徹底的に推進し、その後半の5年間でそのノウハウを外販する事業フェーズに入っている、という流れになります。現在は、プロダクト自体を生成AIで進化させる「AIエージェント事業」に注力している段階です。

Q.全社的なAI活用を、どのような体制で推進しているのですか?
進藤さん: 最初は「dip AI Force」という20名ほどの有志チームからスタートしました。その後、CIOが管轄する情報システム部門と連携しつつ、全社的な推進力として「アンバサダー制度」を構築したのが大きな転機となりました。当社には約200の課があるのですが、各課に1人ずつ、合計250名規模のアンバサダーがいます。彼らが現場の身近な相談役として、ChatGPTの使い方を教えたり、業務への実装を一緒に考えたり、AI活用を盛り上げる旗振り役を担ってくれています。現場の課題を吸い上げ、「そこをAI化しませんか」と提案するボトムアップの動きが、この制度によって生まれています。

年代 主な取り組み 概要
2014年 dip AI Lab 設立 AI活用の研究開発を目的とした専門組織を立ち上げ。
2015年 メディア「AI NOW」創設 AIに関する最新情報を発信するオウンドメディアを開始。
2015年〜 AIアクセラレーター AI領域のスタートアップを支援するプログラムを展開。
2019年頃〜 AI・DX事業 / CVC設立 社内ノウハウの外販事業を開始。CVC「レイバーソリューションファンド」も設立。
現在 AIエージェント事業 人材紹介のチャットボット化など、自社プロダクトのAIエージェント化を推進。

年間3億円のコスト削減を実現した自社プロダクト「Aipen(アイペン)」

Q.社員のAI利用率9割超というのは驚異的です。なぜそれほど浸透しているのでしょうか?
進藤さん: 理由は大きく3つあると考えています。一つは、先ほどお話ししたアンバサダー制度の存在です。従業員の約1割が推進役として身近にいるため、相談しやすい環境が整っています。二つ目は、全社員3000人が利用するSlackにAIボットが完全に組み込まれていることです。例えば「テレアポのスクリプトを考えて」と話しかければ、すぐにボットが返してくれる。まるで社員の一員のようにAIが存在していることが、利用のハードルを劇的に下げています。そして三つ目は、求人原稿の作成や審査といった、社員の「メイン業務」そのものにAIを組み込んでいる点です。これにより、AIを使うことが特別なことではなく、日常業務の一部になっています。

Q.最も大きな成果が出ているという求人原稿作成の自動化について、詳しく教えてください。
進藤さん: 求人原稿の外部制作委託コストを、DXとAIの力で年間3億円削減しました。当社では年間約200万件もの求人原稿を作成しており、この業務を効率化するために「Aipen(アイペン)」という自社プロダクトを開発しました。営業担当者がお客様から採用したい人物像などをヒアリングした商談の音声データを、この「Aipen」に投入します。すると最新の生成AIモデルが稼働し、最適な求人原稿の案を自動で生成してくれるのです。営業担当者は、生成された原稿の約1割程度を手直しするだけで、すぐにアップロードできます。

Q.多くの企業が自社プロダクト開発に苦戦する中、なぜ「Aipen」は成功できたのでしょうか?
進藤さん: 私たちも当初は「AIツールをただ配布すれば使われるだろう」と考えて失敗した時期がありました。その経験から学んだのは、業務の中にAIを「組み込む」タイミングが不可欠だということです。特に、求人原稿の作成は我々のビジネスの根幹をなす、最もシェアの高いコア業務です。そこにフォーカスしなければ大きな効果は出ない、という議論になりました。そして、開発したツールを単に提供するだけでなく、正規の業務フローの中に組み込み、「Aipen」を使わないと仕事が進まないような流れを意図的に作り出しました。効果を出すためには、最もクリティカルな業務に狙いを定め、業務フローに組み込み、自然と使われる仕組みづくりが重要だと考えています。

AIリスキリングから高度専門業務へ、活用の深化

Q.他に特徴的なAIの活用事例はありますか?
進藤さん: リスキリングの仕組みをAI化している点は、面白い取り組みかもしれません。一般的な動画講座の受講なども行いますが、当社の特徴は「先生がAI」である点です。講座で学んだ後、受講者は自身の業務を自動化するためのアイディアを出し、実装まで行います。この一連のプロセスにAIボットが伴走するのです。ボットがアイディア出しにアドバイスをしたり、改善のためのチューニングを促したり、実装段階で「GAS(Google Apps Script)を書きたい」となれば、そのコーディングまでサポートします。このように、リスキリングから営業のロールプレイングに至るまで、教育のあらゆる場面をAIが担っているのが特徴です。

Q.大企業ならではのAI導入の難しさはありましたか?
進藤さん: やはり大企業でAIを推進するのは簡単ではありませんでした。特に生成AIのような新しい技術は、当初はコンプライアンス違反と見なされがちで、最初に試す「ファーストペンギン」を組織内で作ることが非常に大変です。稟議書ベースで物事を進めようにも、意思決定者自身がAIを使ったことがないケースがほとんどで、「費用対効果は何ですか?」と問われるような、説明の難しい状況に直面します。

Q.ディップでは、そうした壁をどのようにして乗り越えられたのでしょうか?
進藤さん: 大きな要因は二つあります。一つは、創業者が新しいテクノロジーに対して非常に肯定的であったことです。過去にも業界に先駆けて新しい技術に飛びついて事業を成長させてきた歴史があり、AIに対するアレルギーがありませんでした。

もう一つは、会社として新規事業やテクノロジー開発の予算を確保し、「まずやってみないと分からない」という試行錯誤を許容するカルチャーがあったことです。この土壌があったからこそ、海賊的な動きから始まったAI活用が、やがて全社的な成果へと繋がっていったのだと思います。

Q.今後のAI活用の展望についてお聞かせください。
進藤さん: 今後は3つの方向性で進化させていきたいと考えています。一つ目は「AIエージェント化による面の自動化」です。現在は原稿作成や画像生成といった「点」の業務ツールが多数存在しますが、これらをつなぎ合わせ、人が介在する部分をなくしていくAIワークフロー、いわば「無人工場化」を目指し人は高度専門業務にシフトしていきます。

二つ目は「高度専門業務への応用」です。これまではコスト削減に主眼が置かれがちでしたが、今後はクオリティの向上に軸足を移していきます。例えばデザイナーのクリエイティブな業務や、企画者の企画立案、大量の求人情報から「闇バイト」のような危険な案件を見抜く審査業務などです。ベテラン社員が持つ「これは何となく怪しい」「これは良いデザイン」といった暗黙知や職人技をAIに代替・伝承させ、ユーザーやクライアントの安全や品質に貢献する。人の専門性をAIで高めていくことが、次の大きなテーマです。

そして三つ目は「プロダクトとしての外販」です。サイトの訪問者にAIが対話形式で寄り添い、最適な求人を提案する「dip AIエージェント」のようなサービスを、エンドユーザーやクライアント様に向けてさらに展開していきます。