Sansanが実現する「AIファースト」な組織文化とは? 全社浸透の鍵は”OKR”と”MVV”にあり

2025年初頭、法人向けビジネスデータベースで知られるSansan株式会社は、2025年の年間テーマとして「AIファースト」を宣言した。単なるツール導入に留まらず、全社員がAIを主体的に活用し、働き方そのものを変革することを目指すこの壮大なプロジェクトは、いかにして推進されたのか。今回は、同社の人事本部 Culture & People部 部長の野村さんに、プロジェクト発足の背景から具体的な活用事例、そして推進力の源泉となった独自の企業文化まで、その軌跡を詳しく伺いました。

2025年の年間テーマ「AIファースト」を掲げ、全社プロジェクトを発足

Q.まず、Sansan株式会社の事業について教えてください。
野村さん: 当社は「出会いからイノベーションを生み出す」をミッションとして掲げ、働き方を変えるAXサービスを提供しています。主なサービスとして、ビジネスデータベース「Sansan」や名刺アプリ「Eight」、経理AXサービス「Bill One」、取引管理サービス「Contract One」、データクオリティマネジメント「Sansan Data Intelligence」を国内外で提供しています。

Q.生成AIの活用は、いつ頃から本格的に始まったのでしょうか?
野村さん: 2025年の年間テーマとして「AIファースト」を掲げたのが2024年末のことで、2025年の1月から本格的にスタートしました。そこから一気に会社全体の中核にAI活用を置いていこう、というのがこの取り組みの始まりです。

Q.具体的には、どのような形でAI活用を推進していったのですか?
野村さん: まず、私たちは人事と情報システム部門合同で「AIオンボーディングチーム」を組成し、全社員向けのオンボーディングプログラムを作りました。当社には2週間に一度全社員が参加する会議があるのですが、その会議でAI活用のナレッジを共有しています。またNotion AIやChatGPT、Geminiの勉強会も開催し、日々の業務改善に関するナレッジを学習する場を設けました。そうした活動を通じて、「エンジニアでなくてもこんなことができるんだ」「自分もやってみよう」といった気づきを促し、学ぶ機会と刺激の両方を提供することに注力してきました。

Q.全社で利用するAIツールはどのように選定したのでしょうか?
野村さん: 全社一律でChatGPTかGeminiか、という判断は現時点ではしないという結論になりました。クリエイターがMidjourneyを使うといった個別のニーズは許容しつつも、全社で使うツールを一つに絞るべき段階ではないと考えたからです。むしろ、最初は少し意欲を掻き立てるような仕掛けとして、利活用への意欲を示さない社員には有償アカウントを渡さないという方針を取りました。本当に業務で必要であり、なぜ必要なのかを自身の言葉で述べられる状態の社員にアカウントを付与することで、ツールの利用率を追いながら意味のある活用を促す体制を構築しました。

インフルエンサーの登用とOKR設定で、活用を「自分ごと化」

Q.実際に、どのような業務でAIが活用されているのでしょうか?
野村さん: 活用範囲は非常に幅広いです。最も分かりやすい例としては、営業部門の商談準備が劇的に改善されました。当社が持つSansanのデータとSalesforceのデータを掛け合わせ、商談準備をいかに効率化できるかという実験を進めています。その他にも、採用面接の音声を文字起こしし、当社の採用基準に沿った一次的な判断をAIに補助してもらうといった使い方や、様々なドキュメント作成業務で多くのメンバーが活用しています。

Q.社員の活用を促すために、どのような工夫をされましたか?
野村さん: プロジェクトのフェーズによってアプローチを変えました。前半は、AIを非常にうまく活用している社員をインフルエンサーとして見つけ出し、彼らに直接登壇してもらいました。どんな業務をどう改善し、具体的に何パーセントの効果があったのかを発表してもらうことで、「自分もやってみよう」という空気感を作ることを狙いました。後半になり、活用する社員が増えてきた段階では、会社全体のOKR(目標と主要な成果)として「業務時間削減」という目標を掲げました。例えば「この3ヶ月で全社的に3000時間の削減を目指す」といった大きな方針を立て、各部門にコミットしてもらうことで、組織的に成果を出し合う形へと移行しました。また、「AI First」というSlackチャンネルを作り、事務局と社員が活発に情報交換できる場も設けています。

導入効果の実感と、次なる課題「中途入社者へのオンボーディング」

Q.全社的なAI活用によって、どのような効果がありましたか?
野村さん: 利用率という点では大きな成果が出ています。4月のアンケートでは99%の社員が活用しているという結果が出ましたし、各部門で業務時間が削減できたという報告も積み上がっています。しかし、その浮いた時間で新しい施策が打たれるなどプラスの効果は確実にあるものの、それを「AIによって売上がこれだけ伸びた」と特定するのは非常に難しいと感じています。これが正直な感覚ですが、投資に対する回収は十分にできているという手応えはあります。

Q.社員間のリテラシー格差に対しては、どのように対応しましたか?
野村さん: この1年間、「AIの活用は任意ではなく必須である」というメッセージをかなり強制力を持って伝えてきました。その結果、既存社員のリテラシーの底上げは実現できたと感じています。現在最も気にしているのは、これから入社してくる中途社員です。AIファーストをテーマに掲げた1年を経験していない彼らが、リテラシーの差でつまずくことがないよう、入社後のオンボーディングプログラムの中にAI活用の研修を組み込む準備を進めています。最低限のプロンプトの書き方や活用事例を伝え、スムーズに業務に入れるよう手助けしたいと考えています。

Q.AIの活用は、人事評価にも反映されるのでしょうか?
野村さん: 等級制度やバリュー評価にAI活用が直接組み込まれているわけではありません。しかし、全社のOKRとしてAI活用による業務改善が目標設定されているため、それに取り組まなかった場合は「なぜだ」と評価の場で問われる可能性は十分にあります。当社には「変化を恐れず、挑戦していく」というバリューがありますが、この1年においてはAIの活用がその体現の一つだと認識されており、結果的に評価におけるコミュニケーションの中で語られることになるだろうと想像しています。

個人の業務改善から、事業の根幹を成す「AXサービス」への昇華

Q.今後、自社のサービスにはAIをどのように組み込んでいく計画ですか?
野村さん: 先ほどお話しした「働き方を変えるAXサービス」という方針そのものが答えになります。Sansanが持つ名刺や企業のデータ、Bill Oneが持つ請求書データなど、我々が長年培ってきた「正確で構造化されたデータ」をいかにAIと組み合わせ、お客様への価値を高めていくか。AIがデータを読み込むためには、企業名の表記揺れなどをなくした正確なデータがいかに重要かを実感しており、その技術をお客様に提供していくことが、プロダクトにおけるAI導入の一貫したメッセージです。

Q.2025年に向けて、社内でのAI活用に関する展望をお聞かせください。
野村さん: 次のステップは、「業務改善で生まれた時間を、我々は何に使うべきか」を全社員が考える1年にしたいと思っています。個々人のレベルでできる改善は進みましたが、その先に行くには、より根本的な業務構造の変革が必要です。人が介在しなければならない、紙が残っているといったボトルネックを解消し、AIが真価を発揮できる業務フローへと再設計する。どの業務を主体的にAIに任せるべきか、その仕組みづくりをより深く進めていくことになるでしょう。

全社推進を成功に導いた、Sansan独自の企業文化

Q.なぜ、これほどまでに全社一丸となったプロジェクト推進が可能なのでしょうか?
野村さん: 当社はミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の浸透度が非常に高い会社であることが根底にあると思います。特筆すべきは「カタチ議論」という文化です。これは、数年に一度、全社員で会社の理念について「本当に今の形で正しいのか」を議論し、自分たちの手で更新していくプロセスです。私自身、この取り組みを通じて、理念が言葉として掲げられているだけでなく、日々の判断や行動の拠り所として深く根付いていると感じています。この土壌があるからこそ、「変化を恐れず、挑戦していく」といったバリューが社員一人ひとりの心に根付き、今回のAIという大きな変化にも、全社で健全に悩み、向き合うことができたのだと考えています。

Q.最後に、読者へ伝えたいメッセージがあればお願いします。
野村さん: 今回お話ししたMVVへのこだわりや、全社員で理念を議論する企業文化は、当社のユニークさの根源です。AI活用も、この文化が根底にあるからこそ推進できています。また、当社は今、「働き方を変えるAXサービス」を提供する企業へと大きく舵を切っています。今回のAI活用の取り組みとあわせて、我々が提供するプロダクトが、企業の皆様の働き方をどのように変えていけるのか、ぜひご注目いただけると大変嬉しく思います。