たった2人のDX推進係が実現。職員の6割が活用する「Excel並み」のAI定着術

静岡県湖西市では、生成AIの全庁的な活用が驚異的なスピードで進んでいる。わずか2名のDX推進係が主導し、導入から短期間で職員の6割以上が利用するという高い定着率を達成した。

その裏には、「使われないこと」を最大の課題と捉え、職員が最も効果を実感できる業務に的を絞った戦略と、利用のハードルを徹底的に下げる数々の工夫があった。今回は、湖西市企画部DX推進課DX推進係長の岸さんに、湖西市の取り組みについて伺いました。

▼湖西市役所における生成AI活用

項目 概要
主な活用業務 ・市議会の答弁案作成

・想定再質問および答弁案の作成

・各種資料作成、誤字脱字チェック

・Excelマクロ作成 等

利用状況 全職員(約500人強)を対象とし、利用率は6割を超える
推進体制 DX推進課 DX推進係 2名

利用定着の鍵は「議会答弁作成」GPTs活用で利用のハードルを徹底的に下げる

Q.まず、湖西市役所では生成AIを現在どのように活用されているのか、概要を教えてください。
岸さん: 主な活用場面は、会社で言う株主総会にあたる市議会での答弁作成です。市議会は年4回開催され、議員からの質問に市の職員が回答します。質問は事前に通告されるため、その通告書(PDF)をChatGPTにアップロードし、答弁案を作成しています。

さらに、想定される再質問とそれに対する答弁案も合わせて作成させる、といった使い方をしています。他にも資料作成やマクロ作成など、職員が自主的に様々な業務で活用しており、正直なところ我々も把握しきれないほど利用範囲は広がっていると感じます。

Q.職員の6割以上が利用するようになった要因は何だとお考えですか?
岸さん: やはり、導入時に工夫した点が一番大きいと考えています。生成AIを導入する際、最も懸念していたのが「使われない」ことです。

そこで、全職員にとってインパクトが大きく、効果を実感しやすい「議会答弁の作成」をとにかく皆に使ってもらうように案内しました。当市の職員数は500人強ですが、DX推進係は私と部下の2人だけです。他の業務もこなしながらAI活用を推進するには、「頑張れ」と言うだけでは限界があると感じていました。そこで、ChatGPTのGPTs機能を使い、質問通告書のPDFをアップロードするだけで、誰でも簡単に答弁案と想定再質問が生成される専用ツールを最初に作りました。

Q.専用ツールを作ったことが大きな転機になったのですね。
岸さん: はい。そのツールを幹部職員向けの15分程度のハンズオン研修で紹介し、まずは所属長クラスから使ってもらうことに注力しました。まず最初にリーダー層がその利便性を実感して使ってくれることで、部下も使いやすい空気が生まれ、そこから様々な業務へと自然に活用が広がっていったのだと思います。

導入当初はプロンプトのテンプレートも用意していましたが、最近のChatGPTは非常に賢く、こちらの意図を汲んで提案してくれるため、今では職員が自由に仕様書などをアップロードして書類を作成したり、Excelのマクロを作成したりと、自発的に工夫して使っています。

LGWANの壁をどう越えた? 無害化通信を組み合わせた独自のセキュリティ体制

Q.自治体ではセキュリティが大きな課題となります。特にLGWAN環境での利用はどのように実現されたのでしょうか。
岸さん: セキュリティ面で懸念を持つ企業や自治体が多いことは認識していました。そこで我々は、ChatGPT自体をLGWANに対応させるのではなく、LGWAN環境から安全にインターネット上のChatGPTにアクセスする仕組みを構築しました。

具体的には、専用のブラウザを立ち上げると、プロキシサーバーを経由してインターネットに接続し、ChatGPTを利用できる製品を導入しています。この方式の最大のポイントは、ファイルの取り扱いです。インターネットからLGWAN内にファイルをダウンロードする際は、ウイルスなどの混入を防ぐために必ず無害化処理が必要です。

そのため、ChatGPTで生成したファイルをダウンロードする際には、自動的に無害化処理を経て安全にLGWAN内に取り込まれる仕組みを導入しました。この方法により、結果的にLGWANの要件を満たしつつ、最新のChatGPTを活用できています。

Q.技術的な対策に加え、人為的な情報漏洩リスクにはどう対応していますか?
岸さん: システム的に個人情報の入力を完全に防ぐ機能はないため、そこはルールでカバーするしかありません。「ガイドライン」と「セキュリティ実施手順書」という2つの文書を整備し、ルールを理解した人のみが使える運用を徹底しています。

特に守ってほしいルールは2つだけです。1つ目は「個人情報を絶対に入力しないこと」。2つ目は、生成AIは嘘をつく可能性が非常に高いので「生成結果を鵜呑みにせず、必ず複数人でチェックし、その内容の責任は所属長が持つこと」です。この2点は、研修など様々な場面で繰り返し伝えています。

定着の先に見える新たな課題と今後の展望

Q.ルールの周知も大変だったかと思いますが、どのように浸透させたのでしょうか?
岸さん: 長文の資料は読まれないと考え、外部のDX推進アドバイザーとも相談の上、ガイドラインと手順書はそれぞれA4用紙1枚(裏表)に収まるボリュームにまとめました。利用にあたってはワークフローでの申請を必須とし、申請時に「ガイドライン等を読んだ」というチェックを入れ、所属長が承認する流れにしています。

これにより、ルールを理解し、所属長の管理下で利用するという体制を担保しています。全庁的な研修は頻繁には行えませんが、議会答弁作成の研修動画をいつでも見られるようにしたり、新しい機能が出たタイミングで事例紹介を交えた研修を実施したりしています。

Q.そこまで定着が進むと、新たな課題も生まれてくるかと思います。現状の課題は何でしょうか?
岸さん: 正直なところ、使う人と使わない人の差が生まれるのは、ある程度仕方がないことだと考えています。他の自治体では利用率10数%の壁を越えられないという話も聞くなかで、6割に達したのは十分な成果だと感じています。

現在の課題を挙げるなら、利用者が増えすぎて効果測定が追いつかなくなったことです。現在は、「2日かかっていた議会答弁の作成が1日未満で終わるようになった」といった定性的な評価や、感覚的な把握にとどまっています。感覚的には、文章作成業務にかかる時間はおおよそ3分の1程度に短縮されているのではないでしょうか。

Q.最後に、今後の展望についてお聞かせください。
岸さん: 今後は、より定型的で頻度の高い業務を、職員がプロンプトを意識せずに使える「アプリ」のような形で提供していくことを考えています。また、Difyのようなツールを使ってワークフローを組むことにも挑戦したいです。

例えば、フォーマットがバラバラな請求書の処理です。OCRのように働くAI、内容を解釈して仕訳を推薦するAI、システムに自動入力するAIを組み合わせれば、チャットするだけで業務が完結する世界が実現できるはずです。AIエージェントが発達すれば、職員がより高度な業務改善に取り組めるようになります。そうした環境を整えながら、さらに活用を前に進めていきたいです。

Q.AI活用は業務改善が目的で、市民サービスの向上に繋がると。
岸さん: その通りです。私たちが目指しているのは、DXやAIを掲げたまちづくりではありません。湖西市は、製造業を中心に現場で支えられてきた、ものづくりのまちであり、地道に仕事を積み重ねる文化が根付いていると考えています。AIは「目的」ではなく、現場を支える道具で、あくまで内部の業務改善がスタートです。AIに任せられる業務は任せて、そこで生まれた時間や心の余裕を、窓口対応など、人でなければできない業務に充てる。それによって職員がより生き生きと働き、結果として間接的に市民サービスが向上すれば、それが一番良いことだと考えています。