東京都港区は、生成AIの活用を積極的に推進し、全庁で月間およそ3200時間もの業務時間削減という顕著な成果を上げています。その成功の背景には、全職員が利用できる環境を整備する「全庁的な導入」と、各現場の専門業務に特化した「個別業務ごとの導入」という、巧みな二軸戦略がありました。
特性の異なる2つのツールをいかに使い分け、職員一人ひとりへ浸透させていったのか。そして、今後のDXをどのように見据えているのか。本プロジェクトを牽引する、港区 デジタル改革担当課長 兼 新技術活用担当課長の多田さんに、そのリアルな舞台裏を詳しく伺いました。

「全庁的な導入」と「個別業務ごとの導入」、二つの軸で生成AI活用を推進
Q.まず、港区では現在、生成AIを活用してどのようなプロジェクトを進められているのでしょうか?
多田さん:区役所の業務は区民課の証明書交付から、税務、福祉、子育て、教育、中小企業支援まで、非常に多岐にわたります。そこで私たちは、大きく二つのアプローチに分けて生成AIの導入を進めています。
一つは、全職員が共通で使えるように生成AIの環境整備や人材育成を進める「全庁的な導入」。もう一つが、各部署がそれぞれ行っている専門的な業務に生成AIを導入していく「個別業務ごとの導入」です。この二つの軸で、区全体の業務効率化と高度化を目指しています。
Q.具体的にはどのようなツールを導入されているのですか?
多田さん: 全庁的な導入においては、私どもデジタル部門が主体となり、エクサウィザーズ社の「exaBase」と、マイクロソフト社の「Copilot」を導入しています。特にCopilotは、全庁で利用しているMicrosoft 365の各種製品と連携できる点が大きいですね。文書作成や挨拶文の作成など、どの部署でも発生する普遍的な業務をサポートするツールとして位置づけています。
汎用性のCopilotと専門性のexaBase、目的別のツール使い分けが鍵
Q.CopilotとexaBaseは、どのように使い分けられているのでしょうか?
多田さん: CopilotはWordやTeams、Outlookなどとの連携が強みですので、職員が日々使うツール上での活用がメインになります。しかし、職員の使い方を見てきて感じたのは、「何にでも使える」という汎用性の高さが、逆にAIに不慣れな職員にとっては「何に使っていいか分からない」というハードルにもなるという点です。
そこでexaBaseでは、こちらで「こういう用途で使えます」と用途をあらかじめ絞り込み、その用途に合わせたテンプレートを作成して全庁に展開しています。例えば役所の業務で頻繁に発生する挨拶文の作成、X(旧Twitter)の投稿案、会議録の要点抽出といった特定の業務に特化させています。これにより、AI初心者でも目的に合わせて直感的に使えるようになり、利用の裾野を広げることができました。

Q.つまり、職員の習熟度や目的に応じて、ツールを使い分ける戦略なのですね。
多田さん: その通りです。まずexaBaseのテンプレートを使って特定の業務で生成AIの利便性を体験してもらい、慣れてきたらCopilotを使って普段の業務全般に応用してもらう、といった流れを想定しています。もちろん、将来的にはCopilot自体の機能が拡張されれば、そちらに機能を集約していく可能性もあります。重要なのは、職員が無理なく第一歩を踏み出せる環境を整えることだと考えています。
| ツール名 | 主な特徴・強み | 港区での主な用途 | ターゲットユーザー |
| Copilot (Microsoft 365) | Word, Outlook等との連携が強力、汎用性が高い | 普段使いの文書作成、メール作成、情報収集 | 特にAIに慣れた職員に展開 |
| exaBase | 用途特化のテンプレートを保存できる | 挨拶文、SNS投稿案、議会答弁作成、会議録の要点抽出など | AI初心者中心に展開 |
月間3,200時間の業務削減。数字と実感の両面で得られた確かな成果
Q.実際に導入されて、どのような成果が出ていますか?
多田さん: 定量的な効果で言いますと、Copilotの活用により、全庁で月間およそ3200時間の時間削減効果が出ているという試算があります。これを人件費に換算すると月額約960万円に相当し、大きな成果だと捉えています。また、文書作成業務など、効果を数値化しにくい部分もありますが、職員へアンケートを取ったところ、8割以上が「継続して利用したい」と回答しました。職員の感想からも、実務の中で確かな効果を実感してもらえていると感じています。
Q.費用対効果(ROI)については、区としてどのように捉えていますか?
多田さん: 導入当初、財政部門からは当然「効果はどう出すのか」という話がありました。しかし、生成AIが様々なツールに標準搭載されていく今後、その効果を細かく機械的に算出するのはますます難しくなると考えています。私たちは、生成AIは一昔前のPCのように「なくてはならない業務インフラ」になっていくと捉えています。効果云々を議論する以前に、業務の前提条件になるという認識で、その必要性を伝えています。
浸透の鍵はトップダウンの意識改革。管理職研修で組織を動かす
Q.全庁へ利用を広げるために、どのような取り組みをされたのでしょうか?
多田さん: いくつかありますが、特に効果的だったのが管理職向けの研修です。職場で部下に利用を促すためには、まずトップ層、つまり部長・課長級の職員が生成AIの有効性を理解することが不可欠だと考えました。そこで昨年(令和7年)11月、全管理職を対象に、マイクロソフト社に協力いただき、Copilotを実際に操作してもらう体験型の研修を実施しました。
Q.管理職の方々の反応はいかがでしたか?
多田さん: 正直、非常に良かったです。何人かからは「こんなに便利ならもっと早く教えてほしかった」という声が上がるほどでした。アンケートでも「職員向けの研修を増やしてほしい」といった積極的な意見が多く、組織全体の意識が前向きに変わる大きなきっかけになったと感じています。その他にも、各職場のDXを推進する「DX推進リーダー」制度を設けたり、庁内報で活用事例を紹介したりと、トップダウンとボトムアップの両面から利用を促進しています。
Q.一方で、職員間のスキル差といった課題はありませんか?
多田さん: 規模の大きい組織ですので、使える人と使えない人の差が生まれてしまうのは事実です。これに対しては、地道に研修を重ねていくしかありません。その際、単なる「お勉強」にならないよう、「やらされ感」ではなく「これを使えば自分の仕事が素早く終わる」というメリットを前面に押し出して伝えることを意識しています。

「個別業務の最適化」へ。港区が見据える生成AI活用のネクストステージ
Q.今後の展望についてお聞かせください。
多田さん: 全庁的な導入は大きく前進しましたので、今後はより専門的な「個別業務への導入」を進めていくフェーズに入ります。例えば、港区で導入しているkintoneのようなツールにも生成AIのプラグインが登場していますので、そういったものを活用して、より現場に即した効率化を図っていきたいです。また、東京都と連携して「GovTech東京」の取り組みにも参加しており、将来的にはRAG技術などを活用した、より高度な業務効率化も視野に入れています。
Q.サービスの進化が速い中で、どのように最適なツールを選んでいくのでしょうか?
多田さん: まさにそれが新たな課題です。Copilot自体の機能拡張も著しく、個別ツールでやろうとしていたことが、いつの間にかCopilotで実現可能になっている、ということも起こり得ます。そのため、ツールごとの役割分担や全体最適化は、定期的に見直していく必要があると感じています。常に新しい技術やサービスにアンテナを張り、その時々で最も良いものを選択し、新陳代謝を図っていくことが重要です。
Q.最後に、区として何かお知らせしたい取り組みなどはありますか?
多田さん: 私は新技術活用担当課長も兼務しており、事業者様から新たなサービス提案を受け付ける「チャレンジ提案制度」という取り組みを行っています。実は、12月から第2弾として、「カスタマーハラスメント対策」をテーマに新たな事業者の募集を開始しました。昨今、職員を守る対策は急務となっており、革新的な取組ができればと考えています。
ー 貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
多田さん: ありがとうございました。