150年の歴史を紡ぐ東芝が描く、生成AIの次なる一手。AIエージェントによる「自律分散化」への挑戦

150年に渡り社会インフラを支えてきた東芝が、いま生成AIを軸に次の一手を打ち始めています。同社が目指すのは、IoT・システム・人を「自然言語」でつなぐことで、カーボンニュートラルやインフラレジリエンスといった社会課題の解決を加速させること。その鍵となるのが、組織の業務ミッション単位でAIを組み込み、将来的にはAIエージェント同士が自律的に連携する「自律分散化」の世界です。

本記事では、同社のDX・デザイン&コミュニケーション部の殿塚さんに本プロジェクトの取り組みと、その裏側にある発想や仕組みを紐解きます。

人と地球の未来を見据え、生成AIで社会インフラをつなぐ

Q.まず、貴社が生成AIの活用に取り組む背景について教えていただけますか?

殿塚さん: 弊社は「人と、地球の、明日のために」という経営理念を掲げています。この理念のもと、会社全体として「カーボンニュートラル」「サーキュラーエコノミー」「インフラレジリエンス」の実現を、エネルギー、デジタルインフラ、デバイス&テクノロジーといった事業領域で目指しています。社会インフラに対してどのようなソリューションを提供できるかということを生業としている企業です。

その中で生成AIは、あらゆる関係者、つまり労働者、IoT、システム、そして人、そのすべてを自然言語でつなげるための核となる技術だと考えています。特に、昨今深刻化している人手不足や、熟練者からの技術継承といった「人」に関わる課題に対して、生成AIが自然言語を介して情報をまとめ、橋渡しをすることで貢献できると期待しています。人と人だけでなく、システムとIoT機器の通信においても、生成AIが「そこで何が起きているのか」を解釈し、人が理解することを促すといった活用も視野に入れています。

ROIの壁を越える「AIエージェント」へのシフトと、現場に寄り添うアプローチ

Q.全社的な生成AI活用のプロジェクトは、どのように進められているのでしょうか?

殿塚さん: 生成AIの導入を全社的に推進するプロジェクトが2023年より発足し、私がその取りまとめ役を担っています。当初、2025年度の目標としては、シンプルな生成AIツールを各々の業務の中でしっかりと活用していくことを掲げていました。また、年度の途中からは全社的にもAIエージェントの活用を本格的に進めていこうという機運が高まり活用を開始しています。2026年度にはより幅広く展開していく計画です。

年度 目標フェーズ 主な取り組み内容
2025年度 標準的なAIツールの活用 個人作業の効率化を目的とした生成AIツールの業務活用を推進・推奨。
2026年度 AIエージェントの活用推進 組織の業務ミッションに基づき、業務パッケージ全体を効率化するAIエージェントを適用。
2028年度 自律分散化 AIエージェント間の連携により、組織をまたぐ情報連携を自動化・効率化。

Q.生成AI活用を進める上で、どのような課題があり、どう乗り越えようとしているのでしょうか?

殿塚さん: 個人の作業効率化という点では、生成AIツールは非常に有効です。例えば、Microsoft 365のファイル群に対して要約や翻訳を行うことで、個人の時間は確実に削減されます。しかし、これを組織全体の業務効率として測定し、投資対効果(ROI)として明確に示すことは実は非常に難しいのです。そこで我々は、個人利用を「soft saving」として推奨しつつも、そこでROIを厳しく追求することはやめました。

今年度からは、AIエージェントの普及を見据え、アプローチを転換しています。個人の作業効率化を推進しつつ、組織に割り当てられた本来の業務、つまり「ミッション」全体を捉え、そこに生成AIを適用していくことにしたのです。組織は業務を遂行するために存在しますから、業務パッケージそのものが効率化されれば、どれほどの効果があるのか、どれだけの人員で効率が上がるのかが明確になります。このアプローチによって、ROIの課題を乗り越えようとしています。

Q.業務を「エージェント化」する上で、具体的なアプローチについて教えてください。

殿塚さん: 世の中にあるAIエージェントをそのまま部門に導入しても、残念ながらうまく機能しません。自社の業務で使えるように、API連携やワークフローの構築、必要なファイルの解釈などを個別に行う必要があります。そのためには、「あなたの業務は何か、どのようなフローで、どんなファイルを使っているか」を正確に把握することが不可欠です。

しかし、利用部門の担当者に「業務フローをすべて書き出してください」とお願いしても、負荷が大きすぎて進みませんし、その精度も定かではありません。そこで我々は逆のアプローチを取っています。まず推進側が生成AIと共に「あなたの業務であれば、このようなフローで、こういったファイルを使っていませんか?」という”たたき台”を作成するのです。例えば、総務用、財務用、事業・ものづくり用といった形でたたき台を用意し、それを担当部門に見せて「これで合っているか、合っていないか」を判断してもらう。この答え合わせ方式によって、ヒアリングの量を最小限に抑えながら、精度の高い業務フローを立ち上げ、エージェント化を進めるアプローチを各部門で始めています。

部門横断の混成部隊が、現場に寄り添う伴走支援を実現

Q.プロジェクトを推進するための体制はどのようになっているのでしょうか?

殿塚さん: 本プロジェクトは、固定的な組織ではなく、ミッションベースで組成されたチームで動いており、各チームに必要なタレントを部門横断でアサインしています。例えば、現場に伴走するコンサルチームには、総合研究所の人間もいれば、デジタルソリューション、デザイン、情報システム関連の人間もいる、というような混成部隊です。「相手の業務を理解し、正しいソリューションを提案する」というミッションに対して、最も適した人材を部署の垣根を越えて集めているのです。他のチームも同様に、様々な部署の人間が混ざり合った形でプロジェクトを推進しています。

Q.全社でAI活用を推進・管理するための環境についても、お聞かせいただけますか?

殿塚さん: はい。AIエージェントなどを「みんなで作って、みんなで使って、その状態を見る」ための環境として、3つの要素を整備しています。具体的には、技術的な基盤となる「アーキテクチャ」、利用状況や効果を可視化する「ダッシュボード」、そして完成したAIエージェントなどをカタログ化して誰もが使えるようにする「アプリストア」です。これらを通じて機能を実現しています。また、AIはサービスですので、運用が始まってからが本当の勝負です。運用チームでは、各チームと連携しながら、運用コストを下げつつソフトウェアを継続的にアップデートできる仕組みを構築しています。

三位一体の教育体制とユニークな「コミック教材」で浸透を図る

Q.社員への教育や、活用の浸透に向けてはどのような施策を行っていますか?

殿塚さん: 教育体制については、大きく3つのパターンで取り組んでいます。一つは役員向けのアプローチで、役員自身が担当組織におけるAI活用の理解と適用を進めるためのものです。二つ目は全社向けの活用セミナーで、問い合わせが多かった内容や最新技術について、双方向のコミュニケーションを重視して開催しています。三つ目はITスキル教育で、eラーニング形式で一人ひとりが自分のスキルや興味に応じて自由に科目を選び、好きな時間に学習できる環境を提供しています。

対象 各施策 目的・特徴
役員層 担当組織への適用支援 経営層の理解を深め、トップダウンでの活用推進を促す。
全社員 活用セミナー 最新技術の共有や質疑応答を通じ、双方向で学びの場を提供する。
全社員 ITスキル教育(eラーニング) 個々のスキルレベルやペースに合わせ、ボトムアップでのスキル向上を支援する。

Q.これらの教育施策に対する社員の反応はいかがでしょうか?

殿塚さん: セミナーの満足度は96%と非常に高い評価を得ています。しかし、利用率は77%と満足度には及ばず、「業務に活用できているか?」という問いに対しては、まだ改善の余地があると感じています。eラーニングも同様で、ポジティブな受け止めが94%ある一方で、「業務に役立っているか?」という点では少し数値が下がります。このギャップこそが私たちの課題であり、これを埋めるために、先ほどお話しした「業務フローのたたき台」を作成し、具体的な業務への適用を支援するアプローチに力を入れているのです。

また、少し変わったアプローチとして、コミック形式の教材も作成しました。第1巻はCopilotを使い始めた時期に、機能や使い方、社内情報の取り扱いといったルールを分かりやすく解説しました。第2巻ではユースケースを充実させてPRしたところ、想定以上に閲覧数が伸びました。現在は、第3巻「エージェント編」の発行も検討しており、楽しみながら学べるコンテンツで活用の裾野を広げていきたいと考えています。

人が介在していた組織間連携をAIエージェントが担う「自律分散化」の未来

Q.ロードマップにある2028年の「自律分散化」とは、具体的にどのような未来をイメージされていますか?

殿塚さん: 例えば、コーポレート部門と事業部門の関係性を考えてみましょう。これまで事業部門が作成した計画書などのドキュメントを財務部門に送付し、財務部門がそれを集計してトップに報告していました。これが自律分散化の世界では、まず事業部門での資料作成作業にAIエージェントが介在し、月次報告の時期になると、今度は財務部門のAIエージェントがそのデータを取りに来て自動でトップ報告資料を作成する、といった形でエージェント同士が連携していきます。

あるいは事業部門間でも、過去のトラブル事例を収集・分析し、そのエッセンスを一般化して他の部門と共有するといった情報連携をAIエージェントに任せることが考えられます。現在、組織間で人が手作業で行っている情報共有や伝達は無数に存在します。その橋渡しをAIエージェントに担わせるだけでも、やるべきことは山積みです。まずは、人が行っていた情報伝達を、エージェントがデータで渡す世界を早期に実現したい。それが一段落すれば、業務分担そのものを見直し、組織のあり方を変革していくといった、さらに先の未来も見えてくるかもしれません。

Q.最後に、この記事を通じて伝えたいメッセージがあればお願いします。

殿塚さん: 「生成AIやAIエージェントは良さそうだが、実際に使うとなると難しい」と感じている企業は多いのではないでしょうか。私たちも、まさにその課題にもがきながら、今お話ししたような活動を進めている最中です。この記事を通じて、東芝の知見や取り組みが、同じようにAI活用を推進したいと考えているお客様の目に留まり、「一緒に推進したいから相談に乗ってほしい」といったお声につながれば、これほど嬉しいことはありません。特定のソリューションを売り込むというよりも、生成AIを推進するための知見を、皆さんと共に活用していくパートナーシップを築いていきたい。それが東芝の想いです。

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