「作って終わり」にしない。サッポロが実践する、データドリブンな生成AI全社展開の裏側

サッポロホールディングス株式会社は、DX推進の一環として、「働き方の変革」を支える生成AIの全社的な導入と活用に積極的に取り組んでいます。その特徴は、段階的な実証実験(PoC)による効果検証、全社員の99%が受講した教育体制、そして利用状況を可視化し、アジャイルにPDCAを回す推進体制にあります。今回は、DX企画部 部長の桑原さんと、同部グループリーダーの浜本さんに、その詳細な取り組みについてお話を伺いました。

「働き方の変革」を加速させる一手。全社DX推進の文脈で始まった生成AI活用

Q.まず、どのような背景で生成AIの導入・活用を始められたのかお聞かせいただけますか?

浜本さん: 私たちは、DX方針のうちの1つである「働き方の変革」を支えるための環境整備として、人・組織、IT・テクノロジー、業務プロセスの3つの観点から改革を進めています。この計画を策定した当初は、まだ生成AIが現在のように広く認知されていませんでした。しかし、DXを推進していく中で生成AIが急速に台頭し、これにきちんと取り組むことが重要であると考えました。そこで、環境整備の中でも特に「IT・テクノロジー環境整備」の一環として、生成AIの導入を本格的に進めることになりました。

投資対効果を見極める2段階のPoC。半年間の実証で全社展開を前倒し決定

Q.生成AIの全社導入に向けて、どのようなステップで検証を進め、実効性を確かめていったのでしょうか?

浜本さん: 私たちは全社展開を始めるにあたり、まず「本当に効果が出るのか」という点を、PoC(実証実験)という形で段階的に見極めていきました。

最初のフェーズ1は2023年の7月から9月です。2022年から実施していた全社公募制のDX研修の参加者は、DXへの関心やスキルが高い層だと考え、まず彼らを対象に検証を行いました。結果として、やはり関心の高い層だったため利用率も非常に高く、投資対効果が見込めるだろうと検証できました。

続くフェーズ2では、一般社員への広がりを確認するため、2024年2月から当初は12月までの11ヶ月間を予定し、本社部門の700名を対象にPoCを実施しました。このフェーズでは、コスト面での詳細な精査に加え、勉強会の内製開催など「社員のスキルアップと活用ケースの創出」に注力し、全社展開に向けた土壌を整えていきました。

Q.社員のスキルアップのために、他にどのような取り組みをされたのですか?

浜本さん: 全員向けの勉強会とは別に、各部署のリード役となる「推進者(65名)」への対面研修を実施しました。プロンプトの基礎習得だけでなく、自部署の業務に合わせたユースケースの作成・展開までを実践してもらったのです。

その結果、検証開始からわずか6ヶ月間で約3200時間の業務削減、月間1.4万回の利用という、当初の予想を上回る成果が得られました。これを受け、12月まで予定していた検証期間を切り上げ、当初の計画を5ヶ月前倒しして全社展開へ踏み切ることを決定したのです。もちろん、展開にあたってはグループ統一の利用規定を策定し、リスク管理も徹底しています。

受講率99%のeラーニングと部門主体の勉強会。利用率74%を達成した徹底的な環境整備

Q.全社展開にあたり、社員の皆様に使ってもらうためにどのような工夫をされましたか?

浜本さん: 全社的に導入されていたMicrosoft 365との親和性からCopilotを先行して展開しました。それと並行し、Azure OpenAI ServiceやAmazon Bedrockを利用した独自環境「SAPPORO AI-Stick(通称:サッポロ相棒)」も内製で構築し、順次展開していきました。

そして、この全社展開に合わせて、全社員を対象としたeラーニングを実施しました。2022年から毎年全社員向けのDX教育を行っており、3年目となる2024年はテーマを生成AIに絞りました。改めて「生成AIとは何か」「プロンプトとは何か」といった基本概念から操作方法までを学んでもらい、理解度を確認するアセスメントも設けました。その結果、受講率は99%という非常に高いものとなり、最初の2ヶ月で社員の利用率は74%にまで達しました。

また、「興味はあるが、何に使ったらいいかわからない」という声も多かったため、ターゲット領域を4つ定め、ユースケース別の勉強会も実施しました。ここでは、実際にその部門の社員の方々と一緒に内容を考え、講師も我々DX企画部ではなく、その部門の社員に登壇してもらう工夫をしました。これにより、参加者がより自分事として捉え、活用イメージを掴みやすくなったと考えています。

▼サッポロホールディングスの生成AI導入・全社展開のステップ

フェーズ 期間 対象 主な取り組み 主な成果
PoC フェーズ1 2023年7月-9月 DX研修参加者 少人数での効果検証 投資対効果の見込みを確認
PoC フェーズ2 2024年2月-7月 本社部門700名 効果算段、勉強会、推進者研修 3200時間削減。全社展開を前倒し決定
全社展開期 2024年10月〜 全社員 Copilot・独自ツール「サッポロ相棒」展開、eラーニング、ユースケース別勉強会 eラーニング受講率99%、初動利用率74%達成

“作って終わり”にしない。BIとアンケートでPDCAを回し、継続的な利用を促進

Q.導入後の利用状況はどのように把握し、次の施策に繋げているのですか?

浜本さん: 利用率が74%に達したとしても、いずれ使う人と使わない人の二極化や、部門間での活用度の差といった課題は必ず出てくると考えています。そのため、私たちは日々利用状況をBIツールでモニタリングし、そこから課題を見つけて随時施策を打つというPDCAサイクルを回しています。

このBIツールと併せて、年2回、全社員へのアンケートも実施しています。どのような用途で使われているか、どのような効果を感じているか、といったことに加え、フリーコメントから今後の機能改善への要望なども収集しています。

また、利活用を継続的に盛り上げるための施策も行っています。例えば、独自ツール「サッポロ相棒」に、業務別のプロンプトを保存・共有できる「プロンプトのアプリ化」のような機能を追加するアップデートを行い、そのタイミングで再度勉強会を実施して利用を促しました。他にも、様々な部門の活用事例を社員自身に紹介してもらったり、利用が伸び悩んでいる部門に直接アプローチして、一緒にユースケースを再検討したりといった活動も続けています。

Q.具体的な活用事例としては、どのようなものが生まれていますか?

浜本さん: RAG(検索拡張生成)の活用が進んでいます。例えば、これまで社内ポータルにあったFAQをRAGに読み込ませ、自然言語で問い合わせ対応ができるようにしました。これにより、検索ではうまく見つけられなかった情報の発見が容易になり、工数削減と回答精度向上に繋がっています。さらに、回答が見つからなかった場合にその内容が管理部署へフィードバックされる仕組みも構築しており、FAQ自体の改善に繋げるPDCAサイクルを実現しています。その他にも、社内の様々な資料を読み込ませて提案資料の骨子を作成したり、購買部門のナレッジを蓄積して他部門からの問い合わせに即時回答したりと、多くの部署で活用事例が増えています。

「当たり前」のカルチャーが成功の鍵。データに基づき課題を捉え、継続的な利用を促す

Q.eラーニングの受講率が99%というのは驚異的です。何か特別な働きかけがあったのでしょうか?

浜本さん: もちろん「受講してください」という周知は行いましたが、それ以上に、2022年から毎年全社向けのDX研修を実施してきた土壌が大きかったかもしれません。社員の中に「定期的にこういう研修があり、受けるのが当たり前だ」という心構えがある程度できていた、という側面はあるかと思います。

Q.また、導入初期からBIで利用状況を定量的にモニタリングしようという考えは、どのようにして生まれたのでしょうか?

・浜本さん: 「ただツールを作って、あとは使ってください」というだけでは、継続的な利用には繋がらないだろうという認識がありました。利用を推進するためには課題をきちんと捉える必要があり、それにはまず数字を見て課題の芽を見つけることが不可欠です。数字を基に仮説を立て、ヒアリングに行く。その活動の起点として、BIで利用状況を可視化するのは必須であるという考えの元実施していたものになります。

AIエージェントの活用へ。目指すのは、ワクワクしながら働き方を変革していくマインドの醸成

Q.今後の展望としてAIエージェントの活用も視野に入れているとのことですが、その実現に向けて、どのような要素が重要になるとお考えですか?

浜本さん: 技術的な課題はもちろんありますが、それ以上にマインドが重要だと考えています。AIエージェントを導入すること自体が目的ではありません。AIを組み込むことで今までの働き方やプロセス、そして人間が担う役割をどう変革し、どのような成果を出すのか。そのビジョンをまず全社員が持つことが必要です。世の中で言われているように、働き方や人間の役割が変わっていくことに対して、拒否するのではなく、むしろそれを受け入れ、ワクワクしながら「より良い働き方、事業にしていくぞ」というマインドを皆で持つこと。それがスタート地点だと考えています。将来的には、社内データを集約したデータ活用基盤「SAPPORO DATA FACTORY(サッポロ データ ファクトリー)」と生成AIやAIエージェントを組み合わせて、より高度な活用を目指していきます。

スピード感のあるPDCAが強み。他社との情報交換でさらなる進化を目指す

Q.最後に、この記事を読んでいる企業の方々へメッセージをお願いします。

桑原さん: 私たちも毎回手探りで、試行錯誤の連続です。ただ、その中でも私たちが誇れるところは、アジャイルに、スピード感を持ってPDCAを細かく回そうと常に意識している点です。その過程で、様々な企業様と情報交換をさせていただくことが我々にとって大きな財産となり、今に繋がっています。もしこの記事を読んで、私たちとの情報交換に興味を持ってくださる企業様がいらっしゃれば、我々もぜひ学ばせていただきたいと考えておりますので、お声がけいただけると大変嬉しいです。