生成AIの活用が企業や組織の課題となる中、多くの自治体もまた、その導入と浸透に試行錯誤を続けています。予算の制約や職員のリテラシー、セキュリティへの懸念など、民間企業とは異なる特有の壁が存在します。そうした中、和歌山県御坊市は、全職員の約7割が利用を申請するという高い浸透率を実現。その成功の裏には、職員が「使ってみたい」と自発的に思える巧みな仕掛けと、市という枠を越えた「共創・協働」の理念があった。今回は、御坊市で生成AI導入を牽引する中村さんにお話を伺いました。

職員の「使ってみたい」を引き出した、体感重視の導入アプローチ
Q.そもそも、御坊市様で生成AIの活用や導入を進めようとなった背景についてお伺いできますでしょうか。
中村さん: 昨年の7月に、庁内向けに生成AIの導入検証を実施したのが直接のきっかけです。実はその2年前にも一度導入検証を行ったのですが、当時は職員にとって未知の技術であり、反応は芳しくありませんでした。しかし、昨年は状況が一変していました。プライベートでスマートフォンからChatGPTを使っている職員も現れ、導入検証の際には「導入してくれてよかった。」という声が聞かれるほど、職員の反応が非常に良好でした。世の中全体で生成AIが身近な存在になったことが追い風となり、庁内でもスムーズに導入へと進めることができました。
Q.導入にあたり、職員の皆様のリテラシー向上や活用促進のために、どのような工夫をされたのでしょうか?
中村さん: 導入の目的は、あくまで職員の業務負担を軽減することです。そのため、庁内研修では「こうすれば文書作成がもっと楽になりますよ。」というメリットを前面に打ち出して説明しました。また、座学中心の研修は聞いて終わりになりがちです。生成AIの価値は、実際に使ってみれば誰でもすぐに理解できるものなので、私が担当する研修では座学を最小限にとどめ、ほとんどの時間を、職員自身がキーボードを打って、生成AIが驚くような回答を返してくれることを「体感」してもらうことに充てています。
「作業時間が10分の1に」驚きの効果が口コミで広がり、活用は全庁へ
Q.現在、現場では生成AIがどのように使われ、どのような効果が生まれていますか?
中村さん: 自治体業務で多い文章生成といった業務では、特に高い効果が確認できています。こうした成功事例を受け、今後は画像生成やスライド生成、図解生成なども含めて、正式に業務で活用できるようガイドラインの改正を検討しているところです。私自身、生成AIの活用で業務時間が劇的に削減される効果を実感しています。例えば、これまで情報収集から構想、デザイン、作成と数日かかっていたスライド作成業務が、生成AIに叩き台を作ってもらうことで、10分の1程度の時間に短縮できました。この感動が、研修などを通じて他の職員にも伝わった結果、利用申請が広がっていったのだと感じています。
Q.定量的な効果としてはいかがでしょうか。
中村さん: 全職員の7割程度まで利用申請が上がってきており、全庁的に利用が進んでいる状況です。これも、一度使えば手軽で効果が大きいとすぐにわかるからだと思います。昨年7月に行った最初の研修は、そこまで参加者数は多くありませんでした。しかし、その研修を受けた職員が自席でAIを使っている様子を周りの同僚が見て、「自分も使いたい。」という声が口コミで一気に増えたという実感があります。職員が自発的に「この業務で使ってみたい。」と考え、その輪が広がっていった結果が、この約7割という申請率につながっていると考えています。
導入・浸透を成功させた3つの秘訣「ツール選定」「ガイドライン」「情報化リーダー」
Q.高い浸透率の裏には、様々な工夫があったかと存じます。まず、導入するツールの選定はどのように行われたのでしょうか。他の自治体の方も非常に気になっている点かと思います。
中村さん: ツール選定にあたっては自治体の環境でも安全に利用できるAIツールを、まず情報部門で事前に試用しました。その結果、無償で提供されている範囲の機能でも、行政業務で十分活用できる性能を持っていることが分かりました。「安かろう悪かろう」ではなく、むしろインターフェースも非常に使いやすいと感じた点が大きかったです。現在はインターネット環境での利用ですが、来年度からはLGWAN環境でも利用可能になる予定で、セキュリティ面でも安心できます。また、市のホームページに掲載された議会会議録を学習した「議会対応AI」や「行政文書(e-Gov法令)」など行政業務に特化した特化型AIも標準で使えるため、非常に有用だと感じています。
Q.生成AIの利用に不可欠なガイドラインは、どのように策定されたのですか?
中村さん: 昨年の夏、ツール導入前に策定しました。県内の他の自治体や、すでにガイドラインを公開している団体を参考にしつつ、最後はAI自身に校正を依頼して完成させました。策定にあたって特に重視したのは注意点の周知です。生成AIが出力した情報の著作権の問題や、学習データとして入力情報が使われる可能性を考慮し、「機密情報や個人情報を入力しない」という点は、特に強く注意を促す内容にしました。
Q.御坊市様には、DXを推進する「情報化リーダー」が各課に選出されていると伺いました。今回のプロジェクトでどのような役割を果たしたのでしょうか?
中村さん: 生成AI研修は、一般職員向けとは別に「情報化リーダー」向けの研修も実施し、こちらへの参加は必須としました。リーダーにまず「こういう使い方ができる」ということを深く理解してもらい、各課で職員が困った際には、情報部門に直接問い合わせるのではなく、まず情報化リーダーが一次対応をする体制を構築しました。身近なリーダーが席の横で「生成AIはこう使うんだよ。」と気軽に教えてくれる環境を作ることで、職員が質問する心理的なハードルを大きく下げることができたと考えています。
市の枠を越え、県全体のDXを底上げする。「共創・協働」の理念
Q.様々な工夫で活用が進む中、今後の展望についてお聞かせいただけますでしょうか。
中村さん: まずは市単独の展望として、職員のスキルレベルに応じた研修をさらに充実させていきたいです。まだ生成AIに不慣れな初級者には、これまで通り「実際に触れて普段使いに慣れてもらう」ことを目標にした研修を継続します。挫折してしまうことが一番怖いので、焦らずゆっくり進めることが重要だと考えています。一方で、生成AIを使い慣れた中級者向けには、回答精度を上げるプロンプトの使い方や、画像・スライド・図解生成といった、より応用的なスキルを身につけてもらう研修を提供していきたいです。
スキルレベルに応じた研修計画
| 対象者 | 研修の目的・ゴール | 主な研修内容 | 中村氏の考え・狙い |
| 初級者 | 生成AIに慣れ、普段使いできるようになること | ・座学は最小限に、実際に手を動かして効果を体験
・コピー&ペーストで使えるプロンプト集の活用 |
・挫折が一番怖い。まずは手軽さと効果の大きさを実感してもらう
・「AIは嫌だ」と思われないよう、丁寧にゆっくり進める |
| 中級者 | より業務で実践的に活用できる応用スキルを身につけること | ・回答精度を上げるプロンプト術
・画像、チラシ、資料、スライドの生成など、より高度な活用例 |
・中級者の職員のスキルをさらに伸ばす
・いきなり詰め込まず、ステップアップとして提供する |
Q.市の枠を越えた活動もされていると伺いました。
中村さん: はい。和歌山県が推進する「県・市町村行政DX推進事業」の中に、「市町村間の共創・協働」という理念があり、これに強く共感しています。自分の市だけで活動していても影響範囲は限られますので、他の自治体、特に研修の実施が難しい小規模な自治体に出向いて研修を行うことで、より広域に貢献できると考えたのです。総務省の経営・財務マネジメント強化事業のアドバイザーを務め、、派遣先団体の費用負担なしで研修を実施しており、参加者からは「同じ自治体職員だからこその実務者目線での説明が分かりやすい」と好評をいただいています。今後も「共創・協働」の理念のもと、県内全体の業務効率化に貢献していきたいです。
Q.素晴らしい取り組みですね。そうした広域連携を進める中で、最新情報のキャッチアップなどはどのようにされているのですか?
中村さん: そこは県が主導するDX推進事業が手厚くサポートしてくれています。県が契約した民間の専門アドバイザーチームが各自治体の課題をヒアリングし、解決に向けて伴走してくれるため、孤立することなくDXを進められる環境が整っています。この包括的な支援体制があるからこそ、私たちも安心して新たな挑戦ができています。