業務効率化と新たな音楽体験の創造。ローランド株式会社が描くAI活用とクリエイター尊重の未来

1972年の創業以来、電子楽器に特化し、世界中の音楽シーンを支えてきたローランド株式会社。同社はハードウェアの製造販売にとどまらず、インターネットと連携したサービス展開にも注力し、ユーザーが楽器や音楽を長く楽しむための価値提供を追求しています。今回は、そんな同社が推進する生成AI活用の取り組みについて、同社、Cloud本部長の岡村さんにお話を伺いました。社内業務の効率化から、AIを活用した新しい製品開発、そして音楽業界の未来を見据えた権利保護の活動まで、その多岐にわたる先進的な取り組みについてお伺いしました。

開発現場の生産性向上と、創造性を加速させるためのAI活用

Q.まずは、生成AI導入の背景について教えて頂けますでしょうか?
岡村さん: 弊社は電子楽器を開発する中で、ハードウェアだけでなくソフトウェアの開発も社内で行っています。その開発効率化が求められる中で、生成AIの活用を検討し始めたのが最初のきっかけです。また、ChatGPTをはじめとする生成AIツールが世の中に浸透する中で、特に若い世代にとってはAIを使ってプログラミングをすることが当たり前の時代になっていくと考えています。これから入社してくる若手社員が、入社後すぐにその能力を最大限に発揮できる環境を整えることも、導入の目的でした。

ソフトウェアの開発の効率化においては、プログラミング支援ツールに注目しました。その他にも、打ち合わせの議事録や要約を自動作成するツールや、知財調査のAIツールなど、様々な業務改善ツールの導入を始めています。

Q.実際に現場の社員の皆様は、どのような業務にAIを活用されているのでしょうか。
岡村さん: プログラミング支援ツールは、主にソースコードのコーディングサポートツールとして、ソフトウェアのプログラミングに活用しています。ただし、生成AIには著作権などの課題も残されているため、現段階では製品に直接搭載するプログラム開発ではなく、社内業務の効率化を目的とした活用がメインとなっています。

具体的には、自身が書いたプログラムのチェックを自動化したり、第三者にも分かりやすいようにソースコードの内容を説明するドキュメントを生成させたり、特定のデータを測定・計算するための補助的なツールを作成したりといった、開発の補助として活用するケースが多いです。

Q.これまでのトライアルを通じて、どのような効果が得られましたか?
岡村さん: プログラミング支援ツールを数ヶ月間トライアル運用した結果、効果が確認できました。人によって効果のバラつきはあったものの、エンジニア1人あたり、1日平均30分ほどの業務時間削減が確認できました。これは月間で約10時間の削減に相当します。導入を全社に広げ、その効果をコストに換算すると、大きな削減効果が期待できます。しかし、弊社では単なるコスト削減がゴールではありません。楽器を創り出す企業として、最も重要なのはクリエイティビティです。AI活用によって生み出された時間を、より創造的な業務や新たな技術の調査・研究に充てることで、企業全体の価値向上に繋げていくことを目指しています。

ツール導入を全社展開するために「伝道師(エヴァンジェリスト)」が牽引

Q.新しいツールを導入しても、なかなか社内に浸透しないという課題もよく聞きます。どのようにして活用を広げていったのでしょうか。
岡村さん: おっしゃる通り、トライアルの段階で、ツールを積極的に使う人と全く使わない人で活用度にばらつきが出てしまうという課題が認識できました。そこで本格導入にあたり、対策を講じています。弊社では、様々なタイプの楽器を開発するチームがそれぞれグループに分かれています。その各グループに「伝道師」、AI活用推進の担当者を配置しています。この伝道師が、自身のチームのメンバーに対してツールの使い方を教え、活用を促すことで、組織全体にノウハウを広げていく活動を進めています。この取り組みの結果、当初は20名程度だった活用者が現在では70名程度まで増加しており、約200名いるソフトウェアチームの中で、着実に活用の輪が広がっていると実感しています。

AIスタートアップとの協業で生み出す、”次世代の音”を奏でるエフェクター

Q.社内での活用と並行して、プロダクトそのものにAIを活用する取り組みも進められているそうですね。
岡村さん: はい、製品やサービスを通してお客様に新しい価値や楽器の新しい楽しみ方を提供するために、AIは非常に強力な技術だと考えています。その取り組みの一例として、株式会社Neutone様と共同で、「Project LYDIA(プロジェクト・リディア)」を発表しました。これは、ハードウェアにAI技術を組み込んだプロジェクトです。

▼『Project LYDIA』 プロトタイプのイメージ

搭載されているAIモデルは、様々な音を学習しており、入力された音を全く別の音にリアルタイムで変換することができます。このプロトタイプに搭載されているAI技術は、音の特性を学習し、入力した音に対して学習した音の特性を反映させる(音色変換)することができ、ギターの入力を声に変換したり、鳥のさえずりをドラムの音に変換したりと、これまでにはない新たな音楽創造が可能となります。今回のプロトタイプには、入力音を和太鼓に変換したり、ヘビーメタルのボーカルのような声色に変換できるような、AIモデルを実験的に搭載しました。

AI活用の未来と、音楽文化を守るための「クリエイター尊重」という責務

Q.AI活用を推進する上で、企業として大切にしている倫理観や社会的責任についてお聞かせください。
岡村さん: 我々がAI技術を積極的に活用する一方で、絶対に忘れてはならないのが、音楽にまつわる「権利」の問題です。特にアーティストやクリエイターの方々が生み出した創造物の権利は、何よりも尊重されなければなりません。この考えに基づき、弊社はユニバーサルミュージックグループさんと共同で「音楽のためのAI活用に関する基本原則」を発表しました。この原則は、AIがクリエイターの権利を尊重し、音楽文化の発展に貢献する形で活用されるべきだという指針を示すものです。現在では100以上の音楽関連企業や教育機関からご賛同いただいており、この輪をさらに広げていきたいと考えています。ローランドは、音楽を創るためのAI活用を推進すると同時に、クリエイターの権利を尊重するという両軸で、音楽の未来に貢献していきます。

※「音楽のためのAI活用に関する基本原則」が公開されている特設サイトはこちら

Q.最後に、今後のAI活用における展望についてお聞かせください。
岡村さん: 製品やサービスへの導入については、今後さらに幅広く進めていきたいと考えています。ハードウェア自体にAIを搭載するにはCPUパワーなどの制約もありますが、弊社の電子楽器はスマートフォンアプリやPCアプリケーション、クラウドサービスと連携させることで価値を最大化できます。そうした部分にAIを積極的に導入し、最終的には、ローランドの製品をお使いの全てのお客様がAI技術の恩恵を受け、新しい楽器や音楽の楽しみ方を享受できる世界を目指しています。

また、社内業務においても、カスタマーサポートへのAI導入や、社内用途でのLLM活用などを一層進め、社員がより創造的な仕事に集中できる環境を整えていきます。