生成AIの活用が多くの企業で模索される中、専門性と守秘義務の観点から特に慎重な姿勢が求められる法律事務所。
今回は、いち早く生成AIを導入し、驚異的な業務効率化を実現しながらも、単なるツール利用に留まらない独自の哲学でAIとの協業を進める弁護士法人早河弘毅法律事務所の皆様にお話を伺いました。

「人間がやらなくてもいい作業」からの解放。定型業務との相性の良さが導入のきっかけに
Q.なぜ生成AIの活用を始められたのでしょうか?どのような課題感があったのかお聞かせください。
早河さん: もともと業務の効率化には関心が強く、生成AIの流行が始まる前から、「弁護士がやる必要のない業務」を「自動化」するなどして、弁護士が自分で取り組むべき分野にフォーカスできる環境を作り、サービスの質を高めたいと考えていました。「自動化」と生成AIは別のものでありますが、AIが自動化に必要なスクリプトを書くことによって、「自動化」も相当加速しました。それだけでなく、毎回違う応答を返すという生成AIの特性は「議論」に向いていると思うようになりましたので、ますます広い活躍が見込めるようになっていると思います。
「SEOの壁打ち相手」から「GASによる業務自動化」まで。AI活用の二本柱
Q.具体的にはどのようにAIを活用されているのですか?

早河さん: 現在、当事務所でのAI活用の柱は大きく二つあります。一つはSEO、つまりWebサイトの記事コンテンツ制作における活用です。もう一つは、Google Apps Script(GAS)を用いた徹底的な業務自動化です。
SEOに関しては、専門の担当者がいるわけではなく、私が中心となって内製化を進めています。その中で、AIには記事のアイデア出しや構成案を考える際の壁打ち相手になってもらっています。例えば、「こういうキーワードなら検索流入が稼げるかもしれない」といった仮説をAIに投げかけ、ディスカッションしながらコンテンツを練り上げていくのです。
岩附さん: もう一つの柱であるGASでの業務自動化は、特に私たち事務員の業務を劇的に変えました。私はプログラミングコードの知識は全くないのですが、AIに「こういう機能を持つGASを作ってほしい」と自然言語でお願いするだけで、すぐにコードを生成してくれます。それを実際に試してみてエラーが出た場合も、そのエラーメッセージをスクリーンショットで撮影し、「こういうエラーが出ました」とAIに相談すれば、的確に修正してくれるのです。このやり取りを繰り返すだけで、ボタン一つで請求書が作成されたり、定型メールが自動で生成されたり、有給休暇の申請が完了したりと、本当に素晴らしいシステムが出来上がりました。業務が効率化されていることを日々、強く実感しています。
Q.使用方法において意識されている点などはありますか?
早河さん:意識しているのは、個人でAIを使うのではなく、事務所のスタッフ全員が参加できるグループチャット上でAIと対話することです。
個人で使い始めると、どうしても個々の試行錯誤に留まり、「私の環境ではこうなりました」という結果報告だけで終わってしまいがちです。しかしグループチャットであれば、他の人がどのようにAIに質問し、どんな回答を得ているのか、そのインタラクティブなやり取りを全員で共有できます。他の人がAIと楽しそうに会話しているのを見れば、「自分もやっていいんだ」という心理的なハードルが下がり、活用の輪が広がるきっかけになります。私が「使おう」とトップダウンで呼びかけるだけでは浸透しなかったかもしれませんが、この形にしたことで、スタッフが自発的に、そして楽しんでAIに話しかけてくれるようになったと感じています。
驚異の業務時間70%削減。AIがもたらした「0→1」の創出と圧倒的な効率化
Q.AIの導入によって、具体的にどのような効果がありましたか?
早河さん: まずSEOに関しては、「0→1」の変化が起きたと感じています。これまではスタッフが手探りでブログを書いてくれることはあっても、戦略的に「このトピックで知識記事を書いてみよう」という動きはあまりありませんでした。しかし、AIとの壁打ちが始まってからは、スタッフが自発的に記事制作に取り組むきっかけが生まれました。これは事務所にとって非常に大きな一歩であり、その価値は計り知れません。
山口さん: GASによる業務自動化に関しては、事務作業は70%ほど削減できています。私は事務所の初期から在籍しているのですが、その変化を特に強く感じます。以前は予約システムもなく、お客様からご連絡をいただくたびに弁護士の予定を確認し、一つひとつ手作業で日程調整をしていました。そうした細々とした作業が全て自動化されたことによって大きな業務効率化が実現されました。
Q.多くの企業でAI活用が根付かないという課題も聞かれますが、貴事務所では「使ってみたい」というスタンスが醸成されているように感じます。
早河さん: 「AIで何ができます」「こういう効果があります」と理論的に説明されるよりも、実際に使ってみた一人ひとりが「これはすごい」「もっと使ってみたい」と感じる、その初期衝動や感動が、何よりも活用推進の原動力になるのだと思います。当事務所では幸いにも、そのスタンスがうまく醸成され、かつ具体的な業務削減という成果にもつながっている状況です。
AIの限界を見極め、より良いパートナーへ。飽くなき探求の先に見える未来
Q.今後、AI活用をどのように発展させていきたいですか?
早河さん: 今後の展望は二つあります。一つは、現在活用しているSEOの壁打ちの質をさらに高めることです。現在のChatGPTも優秀ですが、時に回答の専門性が物足りないと感じることもあります。文章生成能力に関しては、Claudeの方がより優れているという印象も持っているため、今後はClaudeのチームプランも導入し、両方を試しながら進めていきたいと考えています。当事務所の良いところは、より良いものがあれば、過去のやり方に固執せず、すぐに新しいものへ移行できるフットワークの軽さです。
もう一つは、現在Google Chat上で動作する独自のチャットボットを開発しています。今はまだ「社長の道楽」レベルですが、将来的には、このボットがチャットルームの参加者の一人のように振る舞い、過去の会話履歴を全て学習してくれる状態を目指しています。例えば、会議のチャットで「先月のミーティングではどんな話をしてた?」と聞けば要点をまとめてくれたり、「あの請求書って発行しましたっけ?」と尋ねれば「いついつに岩附さんが送ってくれているようです」と教えてくれたりする。そうなれば、過去の情報を探す手間がなくなり、さらに便利になると考えています。
AIは斧にあらず。効率化の先にある「パッション」を共に探求する仲間を求めて
Q.最後に、法律の専門家としてAIとどう向き合っていくべきか、お考えをお聞かせください。
早河さん: 法律事務所にとってAIは必ず役に立つものであり、積極的に活用すべきだと考えています。文献リサーチの時間を短縮したり、膨大な資料から特定の情報を抽出したりと、その恩恵は計り知れません。
しかし、むしろここからお話しする内容が重要なのですが、AIの活用というお話になると、弁護士業は、例えば①資料を読む②資料から重要なポイントを抽出する③上記②をもとに起案をするといった工程に分解できると思っておりまして、①~③をAIに置き換えていくという議論をする際に、人によって「置き換えるべきでない」パートが異なると思うのです。
具体的にどういうことかというと、例えば、私は、残業代の計算をするにあたり自力で日報やタコグラフを見て始業時刻と終業時刻と休憩時間を入れて時間を入力することもあるのですが、この時間で、論点に気づいたり、そもそも報告や記録の仕方がおかしいことに気づいたりすることがあるのです。離婚事件でも、相手方が出してきた膨大な資料をずっと眺めていて気づいたことがあります。この時間で論点整理がなされているような気もするし、そもそも、証拠の写しであっても、眺めているといろいろなことに気づかされるものです。OCRで重要な部分だけ抜き出してもらって、数字だけ拾ってもらったら便利だと思うこともあるかもしれませんが、果たしてそれで職責を果たしたことになるのかは疑問に思うこともあります。
弁護士の先生によって、どの工程において、どういう手の動かし方をする傍らでどんな頭の動かし方をしているのかは相当違うように思います。司法試験通過という担保はあるかもしれませんが、その司法試験通過よりも前に、20年以上は、各人それぞれの習慣に基づいて生きてきているわけで、全く別の生き物だから、ある一つの工程をAIに置き換えることによって、どのくらいポジティブな(あるいはネガティブな)ことが起きるのか、分からないところがどうしてもあるわけです。
だから、私は、AIは、自動化のように「全員が手にする同じ形状の武器」というよりは「環境」であると思っています。先生によって、使い方が全く違う環境です。それは、一人一人の手になじむものでなければならないけれど、だからこそとても頼りになる存在であると思います。
AIを会社全体で浸透させたり、実用化を進めるのは簡単なことではありません。しかし、AIは毎回違う回答をするからこそ、パッションに満ちたとても楽しい存在であると思います。スタッフと一緒にその楽しさを一つ一つ発見するというスタンスで行けば、相当心強い存在になると確信しています。
