【週4.9時間の効率化とAI人材の育成 】教育現場での生成AI活用最前線

2023年に登場して以来、社会のあらゆる場面で活用が模索される生成AI。その波は教育現場にも大きな影響を与えており、多くの大学がその向き合い方を議論しています。そうした中、「実学教育と人格の陶冶」を建学の精神に掲げる近畿大学は、いち早く「ChatGPT Education」の導入を決定し、教職員の業務効率化と学生のAI人材育成に先進的に取り組んでいます。

保守的になりがちな教育機関において、なぜ同大学は生成AIの活用に踏み切ったのでしょうか。今回は、近畿大学経営戦略本部デジタル戦略室の寺地さんと松本さんにお話を伺いました。

「保守的」ではなく「先進的」に。大学の理念が後押しした生成AI導入

Q.まずは、自己紹介と現在の業務内容についてお話しいただけますでしょうか。

寺地さん:デジタル戦略室の寺地知圭子と申します。私は近畿大学を卒業後、本学に入職して約20年になります。様々な業務を経験してきましたが、昨年の6月からシステム系の部署に配属され、大学が進めていくDXの部分に関わっていけるという点に、すごくやりがいを感じております。

松本さん: デジタル戦略室の松本拓也と申します。私は2025年4月にキャリア採用で近畿大学に入職しました。前職では外資系EC企業のエンジニアをしており、その経験を活かして、現在はデジタル戦略室で情報セキュリティとインフラをメインに担当しつつ、今回のテーマである生成AIの推進にも携わっています。

Q.貴学では生成AIを活用したプロジェクトが進んでいると伺いました。導入の背景や目的についてお聞かせください。

松本さん: 近畿大学では行動指針として「常に革新的である」、「社会の役に立つ」、「期待され、応援される」教育機関であることを掲げており、その実現に向けたDX推進の一環として、生成AIの活用プロジェクトが始まりました。2025年度は、まずテスト導入という形でOpenAI社の「ChatGPT Education」を、全キャンパス、15学部の希望する学生、そしてその活用を支援する一部の教職員に配布しました。目的は、プライバシーなどに配慮した安全な環境で最新のAI技術を活用し、教職員の業務改善を推進するとともに、これからの社会で必須となる学生のAIリテラシーや活用スキルを育成することです。

Q.教育機関での活用には慎重論も根強いかと思います。その中で、活用へと踏み切った背景にある思いをお聞かせいただけますか。

寺地さん: おっしゃる通り、他の大学の方とお話ししていても、生成AIの利用については賛否が分かれるのが実情です。大学という組織はどうしても保守的になりがちですから。しかし、世の中の動きを見ても、もはや生成AIとは切り離して考えることはできません。重要なのは、禁止するのではなく、どううまく付き合っていくかです。近畿大学には、保守的であるよりはむしろ先進的な形で社会課題に向き合っていくという理念があります。この理念に基づき、生成AIを積極的に活用して学生生活をより良くしたり、職員の業務を効率化したりと、一歩先を行きたいという強い思いが、今回の決断に繋がりました。

思考の整理からハッカソンまで。学習と業務における実践的活用法

Q.実際に、教職員の方と学生の方とでは、どのように活用されているのでしょうか?

松本さん: まず事務職員は、文章や資料作成、情報収集といった日々の業務の効率化から、思考の整理や新しい企画の立案支援まで、幅広い用途で活用しています。一方、学生はレポート作成などの学習面での効率化はもちろんですが、それ以上に多様な使い方をしています。例えば、就職活動に向けて音声会話機能を使いながら面接の練習をしたり、グループワークのアイデア出しに活用したりと、学生生活だけでなく日常生活にも深く浸透しているようです。

Q.学生の利用では、レポート作成への安易な流用で学びが損なわれるといった懸念はなかったのでしょうか?

寺地さん: 生成AIが出力した答えをそのまま写す、といった懸念は当初からありました。しかし、実際の学生たちの使い方は、我々の想像以上に建設的でした。彼らはAIを思考の壁打ち相手やアイデアを広げるためのツールとして、非常にうまく活用しています。もちろん、大学としてもただツールを渡すだけではありません。「こういう風に使ってほしい」という意図を伝え、倫理的な観点や、AIの出力を鵜呑みにせず最終的には自分で考えることの重要性を教える講座を実施しました。オンラインでのトレーニングを経て、最終的には学生自身が課題を発見し、生成AIを使って解決策をプレゼンする「ハッカソン」も開催しました。単に使わせるのではなく、正しく批判的に検討し、武器として使いこなすための「目」を養う教育をセットで行っています。

職員は年間250時間、学生は200時間の時間創出。データで見る導入効果

Q.生成AIを導入したことで、具体的にどのような成果や効果がありましたか?

松本さん: 定量・定性の両面で大きな成果が出ています。まず、導入後に実施したアンケート調査では、アカウントを配布した教職員・学生のうち約8割が日常的に利用するアクティブユーザーでした。特筆すべきは業務効率化の時間です。週平均で、学生は3.8時間、職員は4.9時間の効率化に繋がっているという結果が出ました。これを年間に換算すると、1人当たり200時間から250時間、つまり丸々1ヶ月分以上の時間を創出できた計算になります。

定性的な面では、ハッカソンが大きな成果を上げています。72名の学生が参加し、グループで「学生生活をより良くするには」というテーマに取り組みました。このプロセスを通じて、課題発見能力や、情報学部の学生であればコーディングなどの技術的思考力を実践的に養うことができ、将来のキャリア形成に大きく繋がったと感じています。職員においても、これまで専門知識が必要だった業務自動化のスクリプトを、プログラミング経験のない者が生成AIとの対話を通じて作成できるようになった事例も出ています。削減できた時間を、より創造的な企画業務などに充てられるようになったのは、非常に大きなメリットです。

学生のアイデアをサービスへ。全学展開を目指す、近未来の展望

Q.今後の展望として、どのような領域に挑戦していきたいとお考えですか?

松本さん: まず学生に関しては、ハッカソンで本当に多くの素晴らしいアイデアが生まれましたので、その一つでも多くを実際のサービスとして形にし、展開していけたら面白いと考えています。自分のアイデアが形になる経験は、学生にとってもかけがえのない財産になるはずです。大学全体としては、今回の生成AI活用の取り組みと、これまで蓄積してきた様々な学内データとの活用を結びつけ、点在している取り組みを線で繋ぐような形で、さらなる業務改革を進めていきたいです。

こうした挑戦を支えるのは、全員でAIを使いこなしていこうという土壌の存在です。現在、文系・理系を問わず有志の学生たちが、自発的にプロンプトやLLMの知識を共有する動きが生まれています。また職員に対しても、大学が個人のAIツール利用料を補助する制度を設けることで、各自が探究した知見を組織全体で共有できる環境を整えています。

今回のテスト導入で、学生・教職員ともに確かな手応えを得ることができました。近畿大学としては、今後もこの領域を先進的にリードし、学生・教職員への本格的な展開をスタートさせたいと考えています。