【活用義務化は生成AI活用の文化醸成】全社的なムーブメントの起こし方

2025年に発表されたLINEヤフー株式会社の「生成AI活用義務化」の方針は、多くの企業に衝撃を与えました。それから約半年、同社ではこの大胆な取り組みが着実に実を結び、活用率はほぼ100%に達しています。単なる強制ではなく、文化を醸成するための「号令」だったと語るこのプロジェクトは、いかにして全社的なムーブメントとなったのか。そして、個人での活用が浸透した今、同社が見据える「組織知」への昇華とは。

今回は、プロジェクトを推進する香川さんに、その背景と具体的な施策、そして今後の展望について詳しく伺いました。

▼プロフィール

香川 美菜 (Kagawa Mina)
LINEヤフー株式会社
経営戦略CBU 経営企画CBU 経営企画2ユニット

「義務化」は号令。文化醸成で「使って当たり前」の空気を作る

Q.まず、自己紹介と担当業務について教えてください。
香川さん: LINEヤフーの香川です。社内における生成AIの利活用を推進するチームに所属しており、主にイネーブルメントの領域を担当しています。具体的には、全社で生成AIを活用していくための基盤をどのように整えるか、そして、それに合わせて社員への教育や情報伝播をどう行っていくか、といった戦略の立案から実行までを担っています。

Q.「生成AI活用義務化」という非常にインパクトのある取り組みですが、このプロジェクトの概要と目的を改めて教えていただけますか?
香川さん: このプロジェクトは、資料作成や調査・検索といった日常的な業務において「生成AIを利用しましょう」という号令を全社的にかけることで、その利活用をさらに促進する目的で開始しました。「義務化」という言葉を使っていますが、何か利用しなかったことによって罰則が発生するような性質のものではありません。これは「もっと前向きに皆さんで使いましょう」「これをきっかけに、使うことを当たり前にしてください」というポジティブなメッセージです。何かを強制するというよりは、生成AIの活用が当たり前になる「文化を醸成する」という強い意図を持って、全社へ一貫したメッセージを発信していました。

活用率100%へ。経営層からのメッセージと現場の声が後押し

Q.「義務化」を宣言してから約半年が経過しましたが、全体的な進捗はいかがでしょうか?
香川さん: 活用率はほぼ100%に達しており、非常に大きな進捗があったと感じています。以前取材いただいたAIエージェント「Sphinx」のような社内ツールも整備されていますが、まずは「使ってみたら便利だ」と感じてもらうための最初のきっかけ作りが重要でした。今回の「義務化」という号令が、その文化醸成や「ちゃんと使っていこう」という機運を高める上で、非常に効果的に機能したと考えています。

Q.プロジェクトの開始前後で、社員の皆さんの活用の場面や仕方にどのような変化がありましたか?
香川さん: やはり、資料作成や情報収集といった、誰もが携わる共通業務での活用が大きく伸びました。そこでの成功体験をきっかけに、それぞれの専門業務にも派生的に活用されるケースが増えています。細かく見れば、エンジニア職の利用頻度が高いといった傾向はありますが、ビジネス職との間に大きな乖離があるわけではありません。エンジニアがコード生成に使うのに対し、ビジネスサイドが企画提案のたたき台作成に使うなど、職種ごとに使い道は異なりますが、利活用の浸透度合いという観点では、この1年で満遍なく全社に進んだという感触です。

Q.「義務化して良かった」と感じた具体的な瞬間や事例があれば教えてください。
香川さん: 現場の社員から、特に上長の方々に対して「全社が号令を出してくれたおかげで、生成AIを使うのが当たり前、むしろ使わない方が良くない、という空気ができた」という声が聞こえてきた時ですね。周りのメンバーが生成AIによる生産性向上に前向きになり、活用が日常になったという話を聞くと、文化醸成の重要性を再認識しますし、それを全社、特に経営層が自らの声で発信することのインパクトの大きさを実感しました。

Q.「義務化」という言葉には「やらされ感」が伴うリスクもあったかと思います。そうならないために意識されたことは何ですか?
香川さん: 最も意識したのはメッセージの伝え方です。例えば、全社集会の場では、単に「使いなさい」と指示するのではなく、「これからの時代、AIと一緒に働き、業務フローに組み込んでいくことが非常に大事です。皆さんの働き方を変えるきっかけとして、これをみんなでやっていきましょう」というトーンとストーリーで語りかけました。その結果、アンケートなどを見ても「義務化」に対する抵抗感や否定的な声は思った以上に少なく、むしろ「よくぞ言ってくれた」「もっと早くやるべきだった」といったポジティブな声が寄せられたほどです。ストーリーテリングを工夫したことや、時代の後押しがあったことに加え、当社がエンジニア中心の会社であり、「使わないと時代に取り残される」という健全な危機感を多くの社員が持っていたことも背景にあるかもしれません。

「生成AI祭り」で実践知を共有。次なるフェーズは「組織知」への昇華

Q.活用率が向上した次のステップとして、どのような施策に注力されたのでしょうか?
香川さん: 義務化によって利用の裾野は広がりましたが、それを本質的な生産性向上につなげるには、各々がツールを使いこなし、自身の業務フローに落とし込む必要があります。そこで、義務化の後は「AI教育」を体系化して行うことに重点的に取り組んできました。2025年の秋頃から2026年の春にかけて、成功事例を横展開し、社員が「このやり方でうまくいった」というナレッジをベースにした教育コンテンツを発信することに注力しました。同時に、安全な利用を促進するためのガバナンス教育も強化しています。

Q.最近開催された「Generative AI Festival Week 2026」もその一環でしょうか。
香川さん: はい。それは、まさに教育施策の集大成ともいえるイベントです。「生成AI祭り」という通称で、2026年2月中旬の2週間にわたって開催しました。社員からは「もっと実践的な内容を知りたい」「生成AIを使いたいが、なかなか学ぶ時間がない」という声が多く寄せられていました。そこで、経営層からの強力な支援も得て、「業務時間を使って集中的に学べる機会を設けるので、各チームのリーダーはぜひ協力を」というトップダウンのメッセージと共に、社内外の専門家を講師に招き、集中的に講義を提供するイベントを企画したのです。

イベント名 Generative AI Festival Week 2026 (通称:生成AI祭り)
開催時期 2026年2月中旬の2週間
目的 「実践的な活用法を知りたい」「学ぶ時間がない」という社員の声に応え、集中的な学習機会を提供すること。
主な講義領域 1. 効率化: 全社共通業務(資料作成など)における生産性向上ノウハウ

2. 応用編: 各自の業務プロセスへの落とし込みと自動化手法(非エンジニア向け)

3. トランスフォーメーション: 組織として生成AI活用をどう推進していくかという変革の視点

成果 全10講座を提供し、ほとんどの講座で数千人以上の社員が参加。参加後アンケートでも非常に高い満足度を獲得し、大きな手応えを得た。

Q.数千人以上とはすごいですね。イベント後の社員の反応はいかがでしたか?
香川さん: 私も驚きました。皆さんが参加しやすいお昼の時間帯に開催したことや、経営層からの一声が大きかったと思います。まだイベントが終わったばかりで、具体的な行動変容の分析はこれからですが、アンケートの満足度が非常に高く、満点の方も多かったため、十分な手応えを感じています。過去に実施した別の教育施策では、受講後に行動変容まで顕著な効果が見られた実績もあるので、教育をきちんと設計すれば必ず成果は出ると確信しています。

個人の活用から組織の力へ。全社プロセスへの組み込みを目指す

Q.今後、この全社的な取り組みをどのように発展させていきたいとお考えですか?
香川さん: 今はまだ、個人が活用して素晴らしい成果を出す、というフェーズです。次の段階は、そうした個人のナレッジや成功事例を、全社的な業務プロセスに素早く組み込んでいく「組織知」への昇華だと考えています。また、同時に「活用の高度化」も進めていかなければなりません。既存のツールを少し使うだけでは、圧倒的な生産性向上は望めません。業務プロセス自体を根底から変えるようなパラダイムシフトを、社員一人ひとりが起こせるようにするには、もう一段上の教育コンテンツや仕組みが必要です。できる人だけができる、という状況から、誰もが実践できる状況を作り出すために何をすべきか、今まさにチームで考えているところです。

Q.これから生成AI活用に取り組む多くの企業にとって、貴社の取り組みは大変参考になると思います。成功のポイントはどこにあるとお考えですか?
香川さん: やはり、会社として「文化を醸成していく」という強い意志を持つこと、そして経営層が率先して活用する姿勢を見せることが何よりも大事だと思います。ただ、号令をかけるだけでなく、現場が動ける仕組みをセットで構築することが成功の鍵だったと考えています。

具体的には、「トップダウン」と「ボトムアップ」の両輪を噛み合わせることです。例えば、社内イベントの「生成AI祭り」では、経営層から「業務時間を確保してでも講義を受けてほしい」という強いメッセージを発信しました。その一方で、コンテンツ制作や講師は「生成AI部」という現場の有志コミュニティに任せ、本当に現場で役立つ実践的なテーマを設定してもらったんです。このように、会社が学習を後押しする土壌を作り、現場の熱量で中身を充実させていく。この双方向のアプローチに加え、きちんと業務分析を行い、生産性が高まる領域を特定して導入を進めるというデータに基づいた戦略があったからこそ、教育コンテンツが広く浸透したのだと感じています。

Q.最後に、同じように生成AIやDXを推進する立場にある読者へのメッセージをお願いします。
香川さん: この領域は、本当に面白いと思うんです。今まで自分が手作業でやっていたことが自動化されていくのを、私自身も日々「こんなことまでできるようになったのか」と実感し、心から楽しんでいます。推進する立場にある私たちが「やらなければいけない」という義務感に縛られるのではなく、自分自身が「テクノロジーで人間が変わっていくんだ」という変化を前向きに楽しむこと。その熱意は、言葉以上に自然と周りへ伝わっていくものです。推進側が楽しんでいる姿を見せることで、組織全体の雰囲気は「新しい技術は怖い、リスクが心配」というものから、「まずは試してみよう」というポジティブなものへと変わっていくはずです。日々、楽しく仕事をする。そんなシンプルなスタンスが、結果的に大きな変革につながるのではないかと信じています。

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