ITソリューション事業への転換を進めるキヤノンマーケティングジャパン株式会社(以下、キヤノンMJ)。
同社では、2023年から生成AIの全社的な活用を推進し、Copilotのトライアルでは参加者の98%が業務効率化を実感、月平均20時間もの業務削減効果を創出するなど、着実な成果を上げています。
今回は、同社の生成AI活用を牽引するIT戦略企画部 部長の田中さん、同部 ITアーキテクト課 山崎さん、今泉さんに、いかにして生成AIを全社に浸透させ、成果に繋げていったのか、詳しくお伺いしました。

全社員の「武器」にするために。文化づくりを目指した生成AI活用の始動
Q.まずは改めて、貴社の事業内容と皆様の役割についてお聞かせください。
田中さん: 私たちキヤノンMJは、従来のキヤノン製品の販売に留まらず、それらの製品とITソリューションを掛け合わせ、お客様の課題解決に繋がるソリューションそのものをご提供する事業に注力しています。現在では、このソリューション事業が全体の売上の半分ほどを占めるまでに成長しました。
その中で私は、社員が利用する基幹系システムやPC、ネットワーク、セキュリティといったITインフラを提供する部門を担当しています。社員が安全に業務を行える環境を整備する一方で、生成AIのような新技術の導入・提供も積極的に推進しています。
山崎さん: 私は田中のもとで、生成AI活用の中心的な役割を担っています。これまでは「生成AI事務局」という名称で、ITアーキテクトの若手有志と共に活動してきましたが、今後はより専門的なサポート体制を強化するため「CoE(Center of Excellence)」へと名称を変更し、私がそのリーダーを務める予定です。現場の課題解決を支援する技術的なハブとして、活動を拡大していきたいと考えています。
Q.全社的な生成AI活用を推進しようと考えた背景や目的は何だったのでしょうか?

田中さん: 私たちの目的は、全社員が生成AIを安全かつ確実に自分たちの「武器」として使いこなし、成果を出せるようにすることでした。そのために「生成AIを使う文化づくり」と「生成AIで成果を出す組織への変革」を推進するドライバーとしての役割を担うべく、現在の推進組織を立ち上げました。特定の部署だけでなく、全社にそうした文化を広めていきたいという強い思いが、活動の原点になっています。
Q.当初は独自の社内GPTから始められたそうですが、Microsoft Copilotの活用も検討されている背景を教えてください。
山崎さん: いくつか理由がありますが、最も大きかったのはMicrosoft社が規約で「顧客データを保護する」と明示したことです。これにより、セキュリティ面での懸念が払拭されました。加えて、GPTのバージョンアップといった裏側のメンテナンスをMicrosoft社側で実施してくれる点も魅力です。私たちが保有しているライセンスの範囲内であれば追加料金なしで最新機能を利用でき、自前で環境を維持する工数をかけるよりも、安全で整備された土壌に乗る方が効率的だと判断しました。また、インターネット上の情報を検索できる機能も、業務活用において大きなメリットだと考えています。
“AIエージェント”が鍵。現場主導で進む、営業品質を高める先進的活用
Q.現場の社員の方々は、生成AIをどのように業務で活用されているのでしょうか?
田中さん: 活用を促進するため、事務局として様々な取り組みを行っています。安全に使うためのガイドライン策定はもちろん、ハンズオンセッションや、現場社員自身に登壇してもらう社内事例共有会を開催しています。最近では社内で活用事例コンテストを実施し、優れたアイデアを吸い上げて全社に横展開する仕組みも整えました。また、全社員が生成AIの特性や注意点を正しく理解できるよう、教育コンテンツを展開しています。こうした活動を通じて、多岐にわたる業務で活用が進んでいます。
Q.具体的な活用事例について、特に特徴的なものを教えていただけますか?

今泉さん: 特に目立った事例として、「法令やガイドラインの調査効率化を図るAIエージェント」の開発が挙げられます。これは営業支援部門の社員による事例です。法令やガイドラインは非常に頻繁に更新されるため、提案の都度、最新情報を調査するのに膨大な時間がかかっていたという課題がありました。そこで、最新情報を自動でトラッキングできるAIエージェントを生成AIで作成したのです。これにより、従来2〜3時間要していた事前調査が約1時間に短縮され、創出された時間をお客様への提案内容の検討といった、より付加価値の高い業務に充てられるようになりました。
田中さん: 私たちはソリューション営業も行っている会社ですので、営業担当者の知識や経験の差が提案の質に影響するという課題がありました。このAIエージェントの活用は、営業活動の迅速化や質の標準化に大きく貢献しています。先進的な社員の中には、過去の案件情報や議事録などをAIエージェントに学習させ、「次の提案で有効なアプローチは何か」といった戦略の素案を作成させるなど、さらに踏み込んだ活用も始まっています。
今泉さん: もう一つ、社内のナレッジ継承にAIエージェントを活用した事例も高く評価されました。弊社はベテラン社員が多く、彼らが持つ専門知識やノウハウをいかに若手へスムーズに継承していくかが課題でした。そこで、先輩方が作成した資料や、Teams会議の文字起こしデータなどをAIエージェントに学習させ、若手社員がいつでも質問できる環境を構築しました。これにより、専門知識のナレッジトランスファーが非常に円滑に進んだという成果が報告されています。
▼キヤノンMJにおける生成AI活用事例
| 活用事例 | 課題 | 活用内容 | 導入効果 |
| 法令調査AIエージェント | 頻繁に変わる法令の調査に時間がかかり、本来の提案業務に集中できなかった。 | 最新の法令やガイドラインをトラッキングし、関連情報を要約するAIエージェントを開発。 | 調査時間を2〜3時間から約1時間に短縮。提案業務の質向上に貢献。 |
| 社内ナレッジ継承AIエージェント | ベテラン社員が持つ暗黙知やノウハウの若手への継承が属人化していた。 | 過去の資料や会議の文字起こしデータなどを学習させたナレッジ回答用AIエージェントを開発。 | 専門知識の円滑なナレッジトランスファーを実現し、人材育成を効率化。 |
「禁止」から「活用促進」へ。実態に合わせて進化するガイドラインと徹底した啓蒙活動
Q.ガイドラインを複数回改定されていますが、どのような考えで変更されてきたのでしょうか?
田中さん: 当初は、ブランドイメージを大切にする観点から、リスクを最優先に考え、生成AIの成果物を外部に出す「社外利用」を禁止していました。しかし、それでは営業活動などでAIを十分に使いこなせません。「リスクを恐れて活用しない」こと自体が、逆に「他社に追い越されるリスク」になると考えていました。そこで私たちは、まず全社員を対象とした必須教育を実施し、全社的なリテラシー向上を図りました。生成AIは危険な側面もありますが、正しい使い方を学べば非常に便利なツールです。全社員がその特性を理解したという土台ができた上で、初めて「攻め」に転じられると判断し、然るべきチェックプロセスを経ることを前提に社外利用を解禁したのです。当初の「ダメだ」と規制するガイドラインから、活用を促すガイドラインへと舵を切った形です。今後も技術の進化に合わせて、ガイドラインは常に見直していく予定です。
月20時間の業務削減と、「AIが当たり前」の文化醸成が最大の成果
Q.これまでの取り組みで、どのような成果が得られましたか?

山崎さん: Microsoft Copilotのトライアルでは、参加者の98%が「業務効率化を実感した」と回答し、定量的な成果として月あたり平均約20時間もの業務削減効果が確認されています。これは、ただライセンスを配布しただけでなく、コンテストの開催や活用相談会といった手厚いサポート施策とセットで推進した結果だと考えています。
定性的な面では、社員の意識に大きな変化が見られます。以前は「生成AIを使ってみようか」という試行錯誤の段階でしたが、今では多くの社員が、最初から生成AIを使うことを前提に仕事を進める「AIありき」の状態に近づいています。これは、地道な啓蒙活動を通して、社員が「使うかどうか」を悩むフェーズを越え、「使うのが当たり前」という認識にシフトしつつあることの表れだと感じています。新しい社員がスキルをキャッチアップするまでの時間が短縮されたという声も多く、人材育成の面でも効果を実感しています。
▼生成AI導入による主な成果
| 成果の側面 | 具体的な内容 |
| 定量的成果 | ・トライアル参加者の98%が業務効率化を実感。 ・平均業務削減時間:月あたり約20時間。 |
| 定性的成果 | ・新入社員のスキル習得にかかる時間が短縮。 ・「生成AIを使うのが当たり前」という文化が醸成され、AIを前提とした業務スタイルが浸透。 ・営業活動における提案の質向上と標準化。 |
「CoE」への進化と、ボトムアップで推進する”AI前提”の業務プロセス変革
Q.今後の展望についてお聞かせください。
山崎さん: 今後は組織を「生成AI事務局」から「CoE(Center of Excellence)」へと進化させます。法令調査のエージェントのように、業務を変革するAIエージェントの活用は、誰もが簡単にできるわけではありません。そこには技術的な壁が存在します。CoEとして、そうした壁を乗り越えるための技術的なサポート体制を強化し、現場が「ここに頼れば解決できる」という存在感を発揮していくことが当面の目標です。将来的には、複数のAIエージェントが連携して一つの業務を完結させる時代を見据え、その管理手法やセキュリティに関する先行調査も進めていきたいと考えています。
田中さん: さらに、各部門のノウハウを活かした「部門別のAI活用モデル」を確立していくことも重要です。そして最終的には、現在の「人が主役で、足りない部分をAIが補う」業務プロセスから、「AIを前提としたプロセスを構築し、人でなければできない部分を人が担う」という形へと、業務そのものを変革していく必要があります。私たちCoEが、その変革を力強く牽引していきたいと考えています。
Q.最後に、これから生成AI活用に取り組む企業に向けてメッセージをお願いします。
今泉さん: インターネットが登場した時のように、生成AIも今が盛り上がりの始まりであり、今後は仕事に欠かせないツールになることは間違いありません。この黎明期から積極的に活用を進めることで、10年後、20年後に技術が平準化された時に、他社に置いていかれることのない競争力を獲得できると信じています。私たちはこれからも、その先頭を走り続けていきたいと思います。