『秘密結社 鷹の爪』のDLEが描く、クリエイターとAIの未来像

『秘密結社 鷹の爪』や『パンパカパンツ』など、独創的な企画と演出で数々のヒット作を生み出してきた株式会社ディー・エル・イー。同社が2025年8月、新たに「OBETA AI STUDIO」を設立したことは、映像業界に新たな波紋を広げました。なぜ今、AIなのか。AIはクリエイティブをどう変えるのか。そして、クリエイターはAIとどう向き合うべきなのか。今回は、株式会社ディー・エル・イー代表取締役社長のFROGMANさん、ジェネレーティブクリエイターの芦原さんに、その真意と未来への展望を伺いました。

株式会社ディー・エル・イー 代表取締役社長 FROGMANさん

株式会社ディー・エル・イー ジェネレーティブクリエイター 芦原さん

OBETA AI STUDIO設立の背景にある「クリエイティビティ」への探求心

Q.まず、DLEがOBETA AI STUDIOを設立した経緯と目的について教えてください

FROGMANさん: 2025年の夏頃から、社内で本格的にAIを活用したスタジオ作りのプロジェクトを立ち上げました。最近のAIの台頭は目覚ましく、アニメという括りだけでなく、3DCGやクレイアニメーション、さらには実写のような表現まで可能になっています。これはクリエイターの立場からすると、非常に面白い「魔法のツール」を手に入れたようなものです。元々DLEは、困難なことにも果敢に挑戦していく社風があります。AIという新しい技術を使って、もっと面白いものが作れるのではないか、という探求心がOBETA AI STUDIO設立のきっかけです。

一般的な企業がAIに注目する際、多くは「効率化」や「スピード」といった側面に目が行きがちかもしれません。しかし、私たちは「速さ」以上に「クリエイティビティの拡張」や「これを使って今まで作れなかった面白いものが作れないか」という視点を重視して導入を進めました。これが、私たちが他の多くの事例とは異なるアプローチを取っている点かもしれません。

AIが生成した素材を、人間が「演出」で磨き上げる

Q.具体的に、制作現場では生成AIをどのように活用されているのでしょうか?

FROGMANさん: 私たちの基本的な考え方は、AIが作ってきたものをそのまま完成品とするのではなく、それを人間が「演出」していく、というものです。よく「AIを使う意味はあるのか?」と問われることがありますが、私は元々実写映画の出身で、その現場の考え方がヒントになっています。

例えば、実写のロケでどうしても晴れのシーンが撮りたいのに、その日が曇り空だったとします。その時、現場の人間はどうするか。諦めるのではなく、非常に強力な照明を使って、まるで晴れた日のような日差しを人工的に作り出すのです。

AIの活用もこれと似ています。AIが生成した映像が、必ずしも100%思い通りとは限りません。しかし、それを素材として捉え、人間が手を加え、演出することで、狙い通りの、あるいはそれ以上の作品に昇華させていく。AIを起点に人間がどうクリエイティブを発揮するか。この設計思想の違いが、AIで面白いものを作るための重要な鍵だと考えています。

Q.現場で実際に使用されているツールや、制作の手順についても教えていただけますか。

芦原さん: 動画を制作する際の基本的な流れは、まずプロンプトを使って1枚の画像を生成し、その画像をさらにプロンプトで動かしていく、という手順になります。画像を生成するためのプロンプト自体は、ChatGPTを使ってアイデアを練り上げることも多いです。

使用するツールは一つに限定せず、目的によって使い分けています。新しいツールが次々と登場するため、常に最新情報をチェックし、試すことが欠かせません。

用途 主なツール例 備考
プロンプト作成支援 ChatGPT 自身の演出意図などを的確に言語化するために活用。
画像生成 Nano Banana (Gemini) など 描きたい絵のタッチや作風に応じて、複数のツールを使い分ける。
動画生成 Kling など 回転する動きが得意なツール、アニメ風が得意なツールなど、それぞれの特性を見極めて選択。
その他 自社開発ツール 上記に加え、現在開発を進めている自社独自のツールも活用。

Q.画像や動画の生成におけるプロンプト作成は、文章生成とは異なる難しさがあるかと思います。どのように技術を習得されたのでしょうか?

芦原さん: プロンプトの技術に関しては、優れた作例とプロンプトを公開しているウェブサイトなどを参考にしながら、独学で勉強を進めました。しかし、最も重要なのはAIの知識を学ぶことよりも、自分が持つ映像の知識をいかに言語化できるか、という点です。「こういうカメラワークをさせたい」「こういう画作りがしたい」という明確な意図を、どうすればAIに正確に伝えられるか。AIを動かすために新しい映像技法を学ぶというよりは、自分が培ってきた演出の引き出しを、プロンプトという言語に翻訳していく作業に近いです。長年の経験があるからこそのアプローチだと言えるかもしれません。

AI導入の真の課題は「人の技量の数値化」

Q.AIを活用することで、制作体制や事業面にどのような変化がありましたか?

FROGMANさん: 現在は、さらなる飛躍に向けた基盤づくりの段階にあると捉えています。私たちは、伝統的な技術を大切にする現場にAIを一方的に導入するのではなく、AIのポテンシャルを最大限に引き出すための専門組織を新たに立ち上げました。クリエイターそれぞれの考えを尊重しながら、AIが真に力を発揮できる最適なかたちを模索するため、既存の枠組みにとらわれない新しい体制で挑戦を続けています。

そして、AI導入における最大の課題は「人の技量の数値化」です。例えば、一口に「監督」や「アニメーター」と言っても、その能力は千差万別です。背景を描くのが得意な人、キャラクターを描くのが得意な人、さらに言えば、可愛い女の子を描くのが上手い人。これらのスキルや技量を客観的に数値化しなければ、AIに「この作品に最適なチームを編成してほしい」と指示することはできません。この属人的な部分が、現状の映像業界全体のボトルネックになっています。将来的に、この「人の技量の数値化」を乗り越え、労務管理や進行管理をAIに任せられるようになれば、日本のものづくりの世界は爆発的に進化するはずです。私たちはそこを目指したいと考えています。

「文句を言う暇があるなら努力しろ」技術革新とクリエイターの向き合い方

Q.クリエイターの中には、AIに対して複雑な感情を抱く方も少なくないと思います。今後、クリエイターとAIはどのような関係性を築いていくべきだとお考えですか?

FROGMANさん: はっきり言って、AIができることをただやっているだけの人は淘汰されます。これは必然です。馬車を引いていた人が自動車の登場によって淘汰されたのと同じで、社会とはそういう残酷な側面を持っています。

私がこの業界に入った1990年代、映画はまだフィルムが主流でした。その後、ビデオで撮影するデジタル化の波が来た時、映画業界は猛反発しました。「ビデオで撮ったものなど映画ではない」と。しかし、今や誰もがデジタルの映像を映画として受け入れています。技術革新が起きるたびにハレーションは必ず起こりますが、結局は社会に受け入れられていく。この37年間、業界でそうした変化を何度も見てきました。

ですから、AIに関しても「文句を言っている暇があるなら努力しろ」ということです。この流れが止まることはまずありません。受け入れるしかないのです。ただし、手放しでAIを礼賛するのではなく、AIを使うことでどんな問題が起きるのか、どんな新しいエンタメが作れるのかを検証するために、今こそ触っておくべきです。そして、クリエイターは自身の職人技を捨てる勇気を持ち、シナリオや演出力といった別の武器を磨かなければなりません。「絵を描くのが楽しいから」という理由だけで、この業界に居続けることは難しくなるでしょう。

映像の価値は「見た目」ではない。企画・演出力で勝負するDLEの真価

Q.AI時代において、DLEはどのような価値を提供していきたいとお考えですか?

FROGMANさん: DLEの作品は、見た目が比較的チープなリミテッドアニメーションという印象があるかもしれません。しかし、映像制作において重要なのは、丁寧に描くことだけではありません。世の中では見た目の描き込み量でクオリティが判断されがちですが、本当のクオリティとは、企画、シナリオ、演出、作画といった要素の「総合点」で決まります。『鷹の爪』がもし緻密な作画だったら、果たして面白いでしょうか?あのチープさだからこその面白さ、それが「演出」なのです。

つまり、DLEは本質的に「企画と演出の会社」です。その私たちがAIという魔法のツールを手に入れ、これまではリミテッドな作風が中心でしたが、これからは実写風も3DCG、さらにはアクションや劇場クラスの緻密なハイエンドアニメーションにまで表現の幅が大きく広がります。DLEには20名近い優秀なディレクターが在籍しており、この規模のアニメ会社としては異例です。彼らがAIを本格的に使いこなした時、非常に大きな成長を遂げる企業になるでしょう。AI時代に本当に価値を持つのは、見た目ではなく、優れた企画を立て、シナリオを書き、演出できる力。私たちはそこを磨き続けています。

新しい才能の発掘と、日本のコンテンツを世界へ

Q.最後に、OBETA AI STUDIOが目指す今後の展望についてお聞かせください。

芦原さん: AIは、これまで長い下積みが必要だった映像制作のプロセスを、ある意味で一足飛びにさせてくれます。これにより、映像経験が浅い若い才能でも、自分のアイデアをすぐに形にできるようになります。そうした新しい才能が次々と現れ、世の中がまだ見たことのないような作品を生み出していく。そんな環境を作ることが、私たちのOBETA AI STUDIOの価値になると信じています。

FROGMANさん: もう一つは、日本のコンテンツを海外に展開する動きを加速させることです。AIを使えば、多言語化はもちろん、国や地域の文化に合わせて作品のルックを変えるといったローカライズも容易になります。大きな資本に頼らずとも、自分たちで海外市場へ進出し収益を確保し、その利益をクリエイターへ正当な対価として還元する。音楽業界で起きているような、作り手が直接世界と繋がる仕組みを、映像の世界でも実現したい。私たちのOBETA AI STUDIOが、その新しい仕組みを発信する起点になれればと考えています。