国や地方公共団体において、生成AI活用への期待が高まる一方、情報漏洩のリスクや導入コスト、職員への浸透といった課題から、本格的な導入に踏み切れない組織も少なくありません。そうした中、三重県桑名市は、国のガイドライン策定とほぼ同時期に独自のルールを整備し、さらには外部ツールに頼るだけでなく、内製でのプラットフォーム開発にも着手し、着実に庁内でのAI活用文化を根付かせている先進的な自治体として注目を集めています。
様々な制約がある中で、あえて「自分たちでやってみる」という道を選んだのか、リスク管理と活用の自由度を両立させるガイドラインはどのように作られたのか、導入によって生まれた真の効果とは。スマートシティ推進課の田端さんにお話を伺いました。
▼桑名市 スマートシティ推進課 田端さん

予算ゼロからの挑戦。内製化とスモールスタートが「5年後」の財産になる
Q.なぜ桑名市では、早期から生成AIの活用を始められたのでしょうか?
田端さん:桑名市では、令和4年の段階で生成AIの活用に向けた検討を開始しました。世の中で急速に普及していく中で、職員がルールなく勝手に利用してしまうと情報管理などの面で問題が生じる可能性があると考え、まずはルール作りが不可欠だと判断したのが始まりです。幸いにも国や先進自治体が生成AIの使用ガイドラインを公表していたため、それに倣う形で桑名市独自の「生成AIの利用にかかるガイドライン」を策定しました。このルールのもとで、全職員に安心して使ってもらいたいという思いで普及活動を進めていきました。そこから徐々に利用者は増えていき、現在では約200名がアクティブユーザーとして日常的に活用するまでになりました。
Q.ご自身たちでプラットフォームを開発された点が非常にユニークだと感じます。その決め手は何だったのでしょうか?
田端さん:一つは横須賀市様が先行して取り組まれていた事例を知り、同じ基礎自治体でもできるはずだ、という想像がついたことです。もちろん技術レベルには大きな差があると思いますが、それでも自分たちで挑戦できるという可能性を感じました。
もう一つの大きな要因は、行政ならではの予算の話です。私たちが本格的に検討を進めた令和5年当時は、生成AI導入のために使えるお金がほとんどありませんでした。その状況で何とかして前に進めるには、まず自分たちで構築してみるという選択肢しかなかったのです。また、多額の予算を投じて大々的にツールを導入したものの、結局普及しなかった場合のリスクを懸念していました。それならば、まずは小さく始めて、問題点を改善しながら進めていくアジャイルなアプローチが我々のスタンスに合致すると考えたのです。
もちろん、この進め方は他の自治体様に比べれば普及のスピードは遅いかもしれません。しかし、この方が無駄がなく、何より組織内に知見がたまります。5年後、10年後を見据えた時、自分たちで試行錯誤した経験は大きなメリットになると考えました。事業者様に「おんぶにだっこ」の状態では、ある程度のことは実現できますが、組織としてなかなか育ちません。自分たちが主軸となって進めることで、将来的に特定の事業者に頼らずとも自走できる土壌が作れるのではないかと期待しています。もちろん、自分たちだけで全てを賄っているわけではなく、事業者様が出している便利なツールも活用していますし、連携協定を結んで共同でモデル開発を行うなど、内製化と外部連携の両面で進めているのが実情です。
活用を止めないためのルール作り。「AIを使う前」の思考プロセスを重視
Q.生成AIが普及しきっていない段階での導入には、リスク管理の難しさがあったかと思います。どのような工夫をされましたか?
田端さん:ガイドライン自体に何か特別な工夫をしたわけではありません。基本的には国や先進自治体、一般社団法人日本ディープラーニング協会が出したものを桑名市向けに修正したレベルで、内容的には「少しでも怪しいことはやめておきましょう」という、むしろ厳しめのスタンスを取っています。
私たちが重視したのは、ガイドラインそのものよりも、職員の思考プロセスです。何でもかんでも生成AIを使えば良いというわけではなく、まず取り組むべき業務そのものを見直し、その上で最適なツールは何かを考える、ということを第一段階に置いています。ある業務はExcelが適しているかもしれませんし、別の業務では生成AIが、またある業務では第三者のツールが最適かもしれません。その判断をする中で、もし生成AIが有効だと考えたのであれば、その次に「これは生成AIに投入しても問題ない情報か」を各自が判断するよう促しています。
生成AIを使う前の業務選定の段階で、リスクについて考えさせるプロセスを組み込むことで、結果的に安全な活用につながると考えています。
劇的な時間短縮を実現。日々の業務に溶け込む生成AI活用法
Q.実際に、庁内ではどのような業務で生成AIが活用されているのでしょうか。
田端さん:文章の原案作成やアイデア出しなどが中心です。その中でも、最も利用頻度が高く、効果を実感しているのは議事録の作成です。市役所の業務は会議や打ち合わせが非常に多いのですが、これまで手作業でメモを取り、書き起こしていたものが、録音した音声データや文字起こしデータを生成AIに要約させるだけで一瞬で完成します。これは本当に楽で、多くの職員が活用しています。
また、PowerPointなどの資料作成にもよく使われていますね。最近のツールは非常に使いやすく、「こんなPowerPointを作りたい」という要望を文章で投げるだけで、ある程度の構成案やデザインの原案を作成してくれます。それを自分なりに手直ししていくことで、ゼロから作るのに比べて大幅に時間を短縮できます。職員からも「資料作成が楽になった」という声をよく聞きますし、使い方に関する相談を受けることも増えました。
| 主な活用業務 | 具体的な内容・効果 |
| 議事録作成 | 会議の録音データや文字起こしテキストを投入し、要約させることで議事録を自動生成。作成にかかる時間を劇的に短縮。 |
| 資料作成 | PowerPointなどの構成案やデザイン案を生成AIに作成させ、それを基に手修正を加える。資料の質を保ちつつ、作成工数を削減。 |
| 文章原案作成 | プレスリリース、挨拶文、メール文面などの原案を作成。たたき台があることで、思考の整理や執筆時間の短縮につながる。 |
| アイデア出し | 新規事業の企画やイベントのコンセプトなど、多角的な視点でのアイデアを求める際に活用。ブレインストーミングの相手として機能。 |
| 画像生成 | 資料や広報物に使用するイラストや画像の生成。Canvaなどの外部のサービスを活用。 |
「ないと厳しい」現場の声。AI導入がもたらした業務見直しの相乗効果
Q.そうした取り組みを通じて、どのような成果や効果を感じていらっしゃいますか?
田端さん:私自身もそうですし、周りの職員からも「もう生成AIがないと厳しい」という声が上がるほど、業務に不可欠なツールになっています。利用者から業務効率が下がったというような悪い話は一切聞きません。
また、生成AIの導入がもたらした副次的な効果として、業務プロセス全体を見直すきっかけになったことが非常に大きいと感じています。先ほどお話ししたように、「この業務に生成AIは適しているか?」と考える過程で、そもそもその事務のやり方自体に改善点が見つかることがあります。「やり方を少し変えるだけで、こんなに効率が上がるんだ」という発見が、庁内のあちこちで生まれているのです。
さらに、私たちが「生成AIを使えますよ」と積極的に案内することで、これまでデジタル活用にあまり関心を示さなかった層の職員が「私も使ってみたい」と興味を持ってくれるようになりました。生成AIが、組織全体のデジタルリテラシーを底上げする一つの起爆剤になっていると感じています。
Q.職員の皆さんに活用を広める上で、特に効果的だった施策はありますか?
田端さん:導入初期、ただ「使ってください」と案内するだけでは、なかなか利用者は増えませんでした。そこで、「とにかく一度触ってもらうしかない」と考え、数日間にわたって部屋を借り切り、生成AIを使えるパソコンを10台ほど並べた体験会を開いたんです。私たちの課の職員が常駐し、「好きな時に来て、何でも聞いてください」という寺子屋のようなスタイルで実施しました。
この体験会には200名近くの職員が参加してくれましたが、特に印象深かったのは、部長級や課長級といった幹部職員、管理職の方が数多く足を運んでくださったことです。やはり、現場の若い職員が「使いたい」と思っても、上司の理解が得られなければ業務に活かすことは難しい。この時にトップ層の方々に直接アプローチし、その利便性や可能性を体感してもらう機会を設けられたことが、その後の普及を大きく後押しする一因になったと考えています。
次の挑戦は「市民サービスへの還元」。AIと人が協働する未来の窓口へ
Q.最後に、今後の展望についてお聞かせください。AIの活用を通じて、これからどのようなことに挑戦していきたいですか?
田端さん:今後の課題は大きく二つあると考えています。一つは、まだ活用に至っていない職員へどうアプローチしていくかです。ある程度普及が進んだ今、おそらく何をしても使わないという層も出てくるでしょう。どうすればその利便性を感じてもらえるか、粘り強く取り組んでいく必要があります。
そしてもう一つ、より大きな挑戦が、市民の皆様にどうサービスとして還元していくか、という点です。特に、市民の方と直接触れ合う窓口業務などでは、まだ生成AIが活躍できる場面が少ないのが実情です。ここにどうAIを組み込んでいけるか。例えば、窓口職員の隣に優秀なAIアシスタントがいるような形で業務を補助したり、将来的には、ますます進むであろう職員数の減少を補うため、AI自身が窓口に立って一部の業務を担ってくれたりする未来も期待しています。庁内の業務効率化で生まれた時間や知見を、いかに市民サービスの向上に繋げていくか。それがこれからの我々の課題であり、最もやりたいことです。