危機感を原動力に「変化し続ける」 横須賀市のAI活用

全国の自治体に先駆けて生成AIの活用に取り組む横須賀市。昨年12月に行った職員の自主的な勉強会には約300名が集まり、独自のユニークな施策でAI利用を促進するなど、その先進的な動きは多くの注目を集めています。しかしその裏には、首都圏の自治体が抱える「少子高齢化」という深刻な課題と、変化し続けなければ生き残れないという強い危機感がありました。今回は同市のデジタル・ガバメント推進室の太田さんに、AI活用の最新動向から、行政特有の壁、そして今後の展望まで、リアルな話を伺いました。

300人が集う勉強会。職員のAIへの高い関心と、その背景にある「変化」への意識

Q.まずは、生成AIに関する最近の取り組みについて教えてください。
太田さん: 最近の動向としては、庁内でAIに関する勉強会を実施したところ、約300人もの職員が集まりました。これは我々が予想していた人数の倍近くであり、職員のAIへの関心の高さを示す出来事だったと考えています。この勉強会をきっかけに、新たなAIツール『exaBase』の利用もさらに加速していくと感じています。また、市民向けにも生成AIを活用した新たなサービスの提供を目指して、会話AIを開発しているStarley(スターレイ)社との協働し、AIとの会話により認知機能の維持・向上を図る研究も継続して進めています。

Q.10月に導入された『exaBase』の研修に、12月の繁忙期にもかかわらず300人もの職員が自主的に参加されたというのは驚きです。なぜそれほど職員全体の意識が高いのでしょうか?
太田さん: 横須賀市では、市の長期計画である「基本構想・基本計画」の中で、「変化を力に進むまち。横須賀市」というコンセプトを2030年までの指針として掲げています。そのため、新しい物事や変化に対して柔軟に対応しようという意識が、職員の根底にあるのだと思います。また、市長自身も「市民の利便性を向上させる新たな技術を導入しないのは、行政の不作為だ」と公言するほど強い思いを持っており、市全体として新しい挑戦を推奨する機運が非常に高いです。この計画と市長の意向、二つの歯車が噛み合っていることが大きな要因だと考えています。

Q.「変化しつづける」という姿勢は、従来の「お役所」のイメージを覆すものですね。
太田さん: ありがとうございます。しかし、裏を返せば、そうやって変化し続けないと自治体として生き残れないという、強い危機感の表れでもあります。横須賀市は比較的規模が大きく栄えているイメージがあるかもしれませんが、首都圏の中では少子高齢化が進んでいます。このままでは自治体運営が立ち行かなくなるという現実があり、その危機感から新しい技術を積極的に活用していかなければならないという意識が生まれているのかもしれません。

ファミ通風の会報やコンテスト。職員が「楽しむ」独自のAI普及戦略

Q.AIの活用を広めるために、他にどのような取り組みをされていますか?
太田さん: 職員にAIへ触れてもらうためのメインツールとして、『チャットGPT通信』という広報物を庁内で発行しています。これは往年のゲーム雑誌『ファミコン通信』の裏技紹介コーナーのような体裁で、生成AIの最新動向や「こんな使い方で業務が改善できた」といった具体的な事例を、お堅い内容ではなく、楽しみながら読めるように工夫して紹介しています。現在28号まで発行しており、AIの周知に大きく貢献しています。

Q.非常にユニークな取り組みですね。
太田さん: その他にも、導入初年度にはAIの利活用コンテストを開催しました。観客も入れた会場で、市長や本市のAI戦略アドバイザーの深津貴之さんを前に職員が活用法をプレゼンし、その内容を評価して優勝者を決めるといったイベントです。また、『ホワイトハッカーコンテスト』という企画も実施しました。これは、市民向けに「絶対に失言しない」チャットボットを開発する過程で、その堅牢性を確かめるために「このチャットボットに不適切な発言をさせられたら表彰する」というコンテストです。このように、常にAIに触れる機会を設け、「触ってみると楽しそうだ」と感じてもらえる環境を構築できたことが、横須賀市のAI普及における特徴だと考えています。

内部効率化と市民サービス向上で描く未来図と、行政特有の「壁」

Q.今後の展望についてもお聞かせください。
太田さん: 今後の展望は、内部向けと市民向けの二つの軸で考えています。内部向けには、現在成功している手法で利用促進を継続しつつ、より良い利用環境の整備を目指したいと思います。世の中では自分専用のAIを作ったり、高いスライド作成能力のある『NotebookLM』といったツールをはじめ、さまざまなAIが、日々著しく進化していますが、行政には「三層分離」というネットワーク構造上の制約があり、それらをフル活用できる基盤が整っていないのが実情です。この根本的な課題の解消は、どこかで必ず目指していきたいと考えています。
市民向けには、先ほどの認知症予防AIも近い取り組みなのですが、「傾聴対話」、つまり完璧な回答を目指すのではなく、24時間365日いつでも対話できること自体に価値を見出す、福祉分野の傾聴相談の取り組みを行っています。将来的には、この対話の質をさらに向上させ、行政に関する多様な質問に的確に答えられる仕組みを生成AIで実現したいと考えています。

Q.内部の利用環境整備について、具体的にはどのような課題があるのでしょうか?
太田さん: 現在主流の「αモデル(三層分離)」環境下では、Google Workspaceのようなクラウドサービスの効果を最大化することは困難です。これを解決するには、ネットワーク分離のあり方を根本から見直す(いわゆるβモデル等への移行)必要がありますが、これには大規模な基盤刷新と、職員の業務フロー変更が伴います。長年慣れ親しんだ環境が変わることは現場に負荷をかけ、推進する情報部門にも相当な覚悟と労力が求められます。しかし、現状のままでは大きな機会損失ですので、我々としては「NotebookLMといったAIツールを自由に使える環境を作ること」を今後の戦略の柱として考えています。

RAG活用のジレンマと、社会実装のために求める「本当の連携」

Q.NotebookLMのような、文書を読み込ませて回答を生成するRAG(検索拡張生成)技術への関心は高いですか?
太田さん: はい、非常に高いです。将来的には市民向けのサービスにも展開したいですが、まずは内部業務での活用を考えています。例えば、市役所の契約手続きは、金額や契約の種類によって手続きが細かく分岐し、職員は膨大なマニュアルや手引きを読み解く必要があります。ここにRAG技術を導入し、質問するだけで必要な手続きを教えてくれる「エキスパートAI」のようなものが作れれば、業務効率は飛躍的に向上するはずです。

Q.RAG技術の導入における課題は何でしょうか?
太田さん: いくつかの事業者と実証実験を行いましたが、やはり出力される回答の精度が課題です。役所が持つデータの形式は様々で、そのまま読み込ませても、回答の精度は満足するところまでは上がらず、コストと時間をかけ、読み込ませるデータの形式を精緻に整えれば精度が上がることは分かりました。突き詰めると「どうやってデータを整備し、保持するか」という根本的な問題に行き着いてしまうのです。しかし、そこの整備に多大なリソースを割いている間に、ビッグテックが、その課題を解決するより高性能なモデルを出してくる懸念もあり、そこにどこまでコストと時間をかけるべきかというジレンマがあります。

Q.自治体として、民間企業や開発事業者にどのような連携を期待しますか?
太田さん: 少し生成AIから離れるかもしれませんが、我々が力を入れている福祉分野、例えば「認知症予防AI」のような取り組みでは、AIという「頭脳」ができても、それを届けたい高齢者の方々にはスマートフォンだけでは届かないという壁に直面しています。ロボットやスマートスピーカーのようなデバイスにAIを組み込まないと、対話すら生まれません。我々行政が持つ知見と、ロボット系の事業者さんがうまく結びついていない現状に歯がゆさを感じています。AIの社会実装、特に高齢者にどうやってAIを届けるかという課題を解決できる事業者さんとの連携は、今後ますます重要になるでしょう。

AI導入で年間2万時間超の業務削減。数字が示す確かな成果

Q.AI導入によって、実際にどのような効果が出ていますか?
太田さん: 定量的な成果として、ChatGPTの導入により年間約2万2700時間の事務作業が削減できるという見込みを立てていました。そして実際に、令和5年度から6年度にかけての残業時間を計測したところ、2万2800時間削減されるという結果が出ました。もちろん全てが生成AIの効果とは断定できませんが、相関関係のあるデータだと捉えています。生成AIは、触ってすぐに文章生成やアイデアの洗練といった効果が実感できる、これまでにないツールだと感じています。この「効果の分かりやすさ」が、職員の意識改革にも繋がっているのかもしれません。

推進項目 成果・実績
生成AI導入による業務効率化 ・年間22,700時間の事務作業削減を見込む
・実績として年間残業時間が22,800時間減少(R5-R6年度)
ペーパーレス化の推進 ・A4用紙使用量を大幅に削減
・平成30年度比で平積みで東京タワーの高さ(333m)に相当する量の紙を削減(令和5年度)

Q.最後に、他の自治体や民間企業へ伝えたいメッセージはありますか?
太田さん: 生成AIは一過性の流行りではありません。世界的にこれだけの投資が行われている以上、産業として我々の生活に深く浸透してきます。行政も「生成AIが手元にあること」を前提に業務を設計していく必要があります。また、民間事業者の方々には、ぜひ社会貢献として、日本をより良くするために協力していただきたいです。特に、多くの自治体が利用するLGWAN環境で、安価かつ高品質な生成AIや、RAGツールを提供できる事業者が出てくれば、日本の行政全体のDXが大きく前進するはずです。中小企業へのAI普及もまだ進んでいないブルーオーシャンだと感じています。ぜひ、そうした視点でのサービス開発にも期待しています。