多言語対応の壁を突破。スモールスタートで導入できる観光AIチャットボットの開発秘話

急増する訪日外国人客への多言語対応と、地域に収益をもたらす「キャッシュポイントへの送客」の両立を目指すインバウンド向け生成AIチャットボット。元大手旅行会社の新規事業開発室長であり、現在地域のAI実装を牽引する一般社団法人地方創生パートナーズネットワークの代表理事 村松知木さんは、実証実験を通じて着実な送客効果を生み出しています。地方創生パートナーズネットワークは観光庁の観光人材育成や、eラーニング研修事業(ツーリズムHRアカデミー)、観光DX等に採択されている団体です。

本記事では、外国人観光客に利用してもらうための「アプリインストールの壁」をいかに回避したのか。そして、IT専門用語が通じない「SIerと地域の理解のギャップ」や、「ITにかけるお金がない」という地域特有の強固なハードルを、「人件費への置き換え」やシステムと現場を繋ぐ「通訳」としての立ち回りでいかに乗り越えたのか。古い体質のなかで孤立しがちな地域の“やる気ある担当者”を伴走支援する村松さんに、現場を動かすノウハウと熱い思いを伺いました。

地域にお金が落ちる「キャッシュポイントへの送客」を目指しAIを導入

Q. これまでのご経歴と、今回の生成AIを活用したプロジェクトを立ち上げた背景について教えてください。

村松さん: もともと私は大手旅行会社の新規事業開発室の室長を務めていました。社長直轄の部署で、2010年頃のスマートフォン普及期にITソリューションの新規事業を立ち上げ、社内ベンチャー制度第1号に認定していただいた経験があります。その後起業し、サイバーエージェントや、NTTデータ、日立等のグループ会社など、観光DXのアドバイザーとして新規事業開発に携わってきました。

今回のプロジェクトは、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)と共同で生成AIを用いた開発を行っていたことが発端です。生成AIを活用して「もっと観光分野で役立つものを作れないか」と考え、調査や実証実験からスタートしました。現在、日本を訪れる外国人観光客が増加していますが、地域の飲食店などでは多言語対応が大きな課題となっています。生成AIは多言語対応に非常に優れているため、これをチャットボットとして導入することにしたのですが、私たちの目的は単なる言語の翻訳や観光案内だけではありません。「地域にしっかりとお金が落ちる仕組み」を作りたいと考えていました。

Q. 観光案内に留まらず、地域の「キャッシュポイント(収益を生む場所)」への送客を一つの目的とされているのですね。

村松さん: おっしゃる通りです。地域に来ていただいたからには、「ここも知ってほしい」「あそこにも行ってほしい」という、実際にお金が生まれるキャッシュポイントを適切に紹介する仕組みが必要でした。

たとえば、アニメの舞台になった地方都市などで外国人が訪れても、ただ景色を案内しただけでは地域にお金は落ちません。それなら少し特別な観光施設や、美味しい食事処などを案内したいですよね。しかし、観光案内所に24時間ずっとスタッフを配置しておくことは不可能です。そこで、キャッシュポイントへの導線を作り、24時間多言語で案内できるAIコンシェルジュが必要だと考えました。

「インストールの壁」をWebアプリ化で回避。多言語対応を示すバッジを用いた動線と選択式のUIが、コスト削減と送客効果を両立させた

Q. 観光で訪れた外国人の方に利用していただくにあたり、提供形態や仕組みで工夫された点はありますか?

村松さん: ネイティブアプリとして提供しないことです。アプリをインストールしてもらうのは利用者にとってハードルが高いですし、自国に帰った後は使わなくなって消されてしまうからです。そのため、インストール不要のWebアプリとしてブラウザ上で使えるように開発しました。駅前やホテルなどに各言語対応を示すバッジを設置して、そこから直接アクセスしていただく形をとっています。

Q. 利用までの動線やUI/UXの観点で、外国人観光客が迷わず使えるように意識されたポイントを教えてください。

村松さん: コンシェルジュを使うまでの動線として、各国・各言語対応を示すバッジを掲示する工夫をしています。アメリカ、台湾、中国などそれぞれの国旗が目に入れば、外国人観光客は直感的に「自分たちの言語に対応している」と認識して目に留めていただけます。日本人が海外に行って、日本語表記のバッジ、そして日本語が書いてあったら自然と目を向けるのと同じですね。名刺サイズのものやポスターを作って案内しています。

また、チャットボット内ではテキスト入力を求めるだけでなく、「AかBを選択しながら進んでいく」ようなQ&A形式の動線も取り入れています。これにより利用者が操作しやすくなるだけでなく、AI利用コストの無駄を抑えることにも繋がっています。

Q. 現在の実績や、キャッシュポイントへの送客効果についてはどのように推移していますか?

村松さん: 1月下旬からCTCさんとともに実証実験として開始し、利用者はすでに数百名規模になっています。キャッシュポイントへの送客効果についても、案内からサイト遷移を行うことで、実際にその場所へ行く確率が増加しているという数字がしっかりと取れています。

直面した「専門用語」と「コスト」の壁。システムと現場を繋ぐ通訳となり、人件費への置き換えで納得を生んだ

Q. プロジェクトを進める中で、地域へのAI導入にあたって最も難しかったポイントはどのような点でしたか?

村松さん: SIerと地域をつなぐ「通訳」としての役割を果たすのが一番苦労したところですね。私は過去の経験からSIer側のビジネスモデルやニーズを理解しつつ、地域側の立場や実情も分かるので間に入ることができましたが、両方を理解して動ける人はなかなか多くありません。

地域の方々に「API連携で」「AIにはハルシネーションの課題があるので注意が必要で」といったITの専門用語をそのまま伝えても、全くピンときません。そうした専門的な内容を分かりやすく噛み砕いて説明し、地域に張り付いて伴走できる人間がいるかどうかが、導入の成否を分ける非常に重要なポイントになります。

Q. 地域にITツールを導入する際、「お金がかかることはやりたくない」といった反発や反対意見はなかったのでしょうか?

村松さん: ありました。「お金がかかることはやりたくない」「お金がかかるならITは使わない」というのが地域の方々の一般的な考え方です。

だからこそ、保守費用や財源確保の仕組みまで踏み込んで一緒に考える必要がありました。「どうやってこのツールのためのお金を作っていくか」という落とし所を見つける作業です。

Q. コストに見合う効果があることを、地域の方々にどのようにご納得いただいたのでしょうか?

村松さん: 人件費に置き換えて説明するのが一番分かりやすいです。たとえば、「英語や台湾語を話せるバイリンガルスタッフを終日で毎日雇用できますか?」と問いかけます。当然、そんな低賃金で多言語対応ができる人材はいませんし、雇用すれば社会保険などのコストも発生します。その「存在しない多言語スタッフの人件費」に置き換えて考えてもらえば、24時間稼働するAIコンシェルジュがいかに安いかということを理解していただけます。

【SIerも参加した磯部温泉の地域活性化協議会、地元高校での授業風景】

地域のやる気ある人材を国の制度を活用して伴走支援していきたい

Q. 今後の展望として、このサービスをどのように展開し、地域を支援していきたいとお考えですか?

村松さん: まず大前提として、地域側で「自分たちから新しいことにチャレンジしていこう」というやる気のある方々を支援していきたいと考えています。東京の企業に言われたから受け身でやる、というスタンスの地域にローラー作戦のような営業をかけて、バンバン売っていこうとは全く思っていません。

私たちが活動している一般社団法人地方創生パートナーズネットワークは、一般的な株式会社のようにビジネス化や利益をひたすら追求する組織ではありません。地域のやる気のある方を応援していくことを第一に活動を続けていきます。

(安中市観光機構の上原将太さんと廃線ウォークのガイド風景)

Q. 地方では、新しい取り組みに前向きな方が組織内で孤立してしまったり、上層部の理解を得られなかったりするケースも多いと思います。そうした方々へは、現在どのようなサポートを行っているのでしょうか?

村松さん: 支援の仕組みとしては、観光庁の制度を活用して地域支援に入っています。「放っておいても外国人は来る」と考えるのではなく、「もっと満足度を高くして、また日本に来てほしい」と本気で考えている地域の方々と事前に面談し、支援を行っています。

おっしゃる通り、地方に行けば行くほど、上司が新しい話を聞いてくれず、前向きな提案が潰されてしまうケースは多いと思います。そうして表に出てこなくなってしまった孤立している方々も一定数いるはずです。しかし、私たちが巡り会えるような方は、自ら行動を起こす前向きな方ばかりなので、そうした方々と一緒にプロジェクトを前に進めています。

出典:観光庁

Q. 最後に、この記事を読んでいる方へ向けたメッセージをお願いします。

村松さん: 私自身、一緒に地域を良くしていきたいという強い思いを持っています。私たちが支援に入るためには、国に認められる仕事としての枠組みを通す必要があるので一定のハードルはありますが、ウェブサイト等を見て気になったことがあれば、ぜひお声がけください。機会があれば、いつでもご相談に乗らせていただきます。

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