命に関わる情報発信をどうAI化するか。約700の行動示唆から最適解を導く防災DX

Dentsu Lab Tokyoから発信されている「+ソナエAI」は、あらかじめ用意された約700の行動示唆コンテンツの中から、リアルタイムの状況に合わせた最適な行動をAIが瞬時に絞り込み、Web API等を通じて提供する仕組みです。現在は実証実験の段階にあり、災害・アラート配信事業者や自治体、大規模施設などと連携して、個人情報に配慮しつつ多様な条件に応じた情報配信の形を模索しています。

本記事では、開発の原点にある災害支援の原体験、類似の防災アプリとの決定的な違い、そして実証実験から見えてきた導入・運用のリアルと今後の展望について、株式会社電通 CXCCの谷口さんに伺いました。

災害現場の経験が原点。”命を守る行動”を促すサービス

Q. まずは自己紹介と、今回開発されたプロダクトの概要について教えてください。

谷口さん: 私は現在、電通のCXCC(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)という部署に所属しています。前職では、海外の国連やNGO、そして国内の災害対応も含めた緊急支援の実務を経験してきました。そのため、電通に入社後、東日本大震災が起きた際に改めて防災に対するプロジェクト「+ソナエ・プロジェクト」を立ち上げました。メインテーマは「命を守る行動を起こすのをどうやったら手伝えるか」というもので、今回のAIを活用した行動示唆のサービスもその延長線上にあります。

開発の背景として、緊急時に「どういう時に何をしたらいいか」という命に関わる行動は、簡単には伝えられないというメディア側の大きな課題感がありました。しかし、国や自治体、消防庁などは、何らかの情報トリガーに基づいて「こうした方がいい」という情報を確実に発信しています。そこで、そうした情報をあらかじめ分かりやすく取りまとめ、イラストとテキスト、簡単なタイトルで構成した行動示唆コンテンツをこれまで約700ほど作ってきました。

一方で、災害時の情報というのは、国を含めて膨大なデータが取れるようになり、判断材料がどんどん増えています。しかし、素人からすると「一体何を見て、いつのタイミングでどう判断すればいいか」が非常に分かりにくい状況です。そこで、多様な条件や膨大なデータをどう判断するのかという仕組みにAIを活用し、最適な行動示唆を出していくサービスを作ろうと考えたのが出発点です。

ハルシネーションを防ぐ。AIに「生成させず選択させる」独自の設計思想

Q. 命に関わる領域で生成AIを活用する際、微妙な言葉の揺らぎやハルシネーションが大きなリスクになると思います。設計思想について教えてください。

谷口さん: おっしゃる通り、命に関わる情報において微妙なブレがそのまま危険につながることがあります。そのため、私たちのサービスでは、AIに文章を勝手に生成させるというアプローチはとっていません。あらかじめ「何を出すのがいいか」という行動示唆の選択肢は人間側で確実なものを作っておき、リアルタイムのデータに基づいて「どの道筋をたどるべきか」をAIに判断してもらうという考え方で設計しています。

従来の「はい・いいえ」で答えていく分岐型のAIだと、ユーザーが判断を間違えたり、状況の認識を誤ったりすると、最終的に提示される答えがその人にとって本当に良いものかどうかわからなくなってしまいます。

そうではなく、日本の災害対応における膨大な前提条件の中から、本人の背景情報がなくてもある程度判断できるものをAIが抽出する仕組みを目指しています。1対1の「正解」を一つだけ出すというよりも、例えば100個ある選択肢の中から、現在の状況に合わせていくつかまで絞り込み、最終的な判断のサポートをするというアプローチをとっています。

既存アプリの機能拡張としてWeb APIで提供し、独自ロジックで情報を掛け合わせる

Q. ユーザーへの具体的な提供方法や、裏側で膨大なデータをAIとどのようにつなぎ込んでいるのか、技術的な工夫を教えてください。

谷口さん: ユーザーへの提供方法については、単独のアプリを新しくダウンロードしてもらう形は考えていません。現在共同開発している会社様が、すでに災害やアラートの配信サービスを提供されているため、既存のアプリのプッシュ機能内に追加したり、Web APIとして機能強化の形で提供していくことを基本としています。

技術的な裏側の動きとしては、現在ローンチしている基礎的なサービスでは、気象庁の地震情報や気象警報、熱中症指数、停電情報などを5分や1分といった時間を決めて確認し、更新情報が発生したタイミングで表示する設計になっています。この情報の取得から表示までの流れを、AIを使って自動化・高度化していくのが基本的な考え方です。

さらに工夫している点として、ただ単に今あるデータをそのまま出すだけでなく、「この情報と他の何の情報を掛け合わせれば、新たな特定のリスクシグナルを作れるのか」というロジックをこちらで構築し、それをAIに組み込んでいます。これまでは単純なプログラムで行動示唆を出していましたが、AIを組み込むことで、より多様で複雑な条件に合わせて最適な情報を出し分けられるようバックグラウンドの開発を進めています。

類似の防災アプリとの決定的な違いは”ユーザーの条件に合わせた出し分け”

Q. 類似の防災系アプリやサービスはすでに複数存在しますが、それらと比べた際の違いは何でしょうか?

谷口さん: 基本的に皆さんがよく使われているような防災アプリなどは、個人に対してリアルタイムで気象警報などの情報を発信するという意味では類似している部分があると思います。私たちもそうした事業者の方々と意見交換をさせていただいていますが、既存のサービスでも「こういう時はこういうこともしましょう」という一般的な行動の提示はすでに行われています。

ただ、私たちが今取り組んでいるように、気象データや施設の状況など「様々な条件に紐付けて、ユーザー様一人ひとりの状況に合わせて行動示唆を出し分けていく」というレベルの実装は、現時点では私たちが把握している限り、実装例は多くないと考えています。そこが最大の差別化ポイントになります。

自治体や施設ごとに異なる”最適な行動示唆”の形と課題

Q. 現在は実証実験段階とのことですが、各自治体や企業との議論の中で見えてきた導入における課題や、具体的な活用イメージを教えてください。

谷口さん: 現在、すでにローンチしているベースのサービスを活用いただいている業種業態の企業や自治体の方々と、「AIを使うとこの出し方をどう変えられるか」という実証実験の相談を進めています。

自治体の方々との議論で見えてきた導入の壁としては、個人情報の取り扱いがあります。一口に「避難してほしい住民」と言っても、ペットを飼っているのか、高齢者なのかといった個人の特性によって取るべき行動は変わります。しかし、それをシステム側がすべて吸い上げて判断しようとすると個人情報保護の問題が生じます。そのため、どうやってユーザー側の端末でフィルターをかけられるようにしていくのか、という点が具体的な課題として挙がっており、一緒に解決策を考えているところです。

また、業種や場所に応じた具体的な活用イメージも明確になってきています。例えば、スタジアムのような大規模施設の中にいる時に何か起きた場合、その施設特有の「こう動いてほしい」という行動示唆があります。同様に、車に乗っている時にも別の適切な行動が存在します。業種や場所、場面によって求められる行動示唆は全く異なるため、まずはそれぞれの現場に合わせた示唆の内容を共に作り、それを「どういう条件の時にAIに選ばせるか」を議論しながら進めています。

災害時の対応やインバウンド対応も見据え、日常の生活習慣に寄り添うAIへ

Q. 今後、このプロダクトを通じてどのような価値を実現していきたいですか? また、これから連携していきたいパートナー像があれば教えてください。

谷口さん: 少し未来の話になりますが、緊急時に人がパニックになっている状態で、自分自身の状況を冷静に判断させること自体が本来は非常に難しいものです。今のAI技術を使えば、あらかじめ登録しておいた情報やアルゴリズムによって、本人が気づかなくてもある程度の状況を制御し、間違っていない選択肢を提示することができます。

それがさらに進化すれば、個人の日々の行動履歴が誰かに監視されるのではなく、個人の端末の中だけで経験値として蓄積され、「もう一人のバーチャルな自分」がその時々のリスクに応じて最適な選択肢を出してくれる、そんな世界も来るのではないかと思っています。

車に乗っている時のリスク、病気になりそうな時、怪我をした時、犯罪に巻き込まれそうな時など、世の中には多様なリスクが存在します。だからこそ、そうしたそれぞれの専門領域で対処している方々と一緒に前提となるロジックを作り、個人の生活習慣の中から最適な答えを出せる仕組みを作っていきたいです。

Q. 災害時の対応の観点としては、二次災害を防ぐことができるということも「+ソナエAI」の価値ですね。

谷口さん:現在の防災領域における大きな課題として「災害関連死」があります。これは災害そのものよりも、その後の避難生活等で病気になったりする方のケアの問題です。さらに、大量のインバウンド観光客が災害時にどうなるのかという課題もあります。

特定の配慮が必要な方々を守るためには、いざという時だけでなく、日常使いのサービスの中に防災の仕組みを組み込んでいく必要があります。

防災ど真ん中の取り組みはもちろんですが、日々そういった方々のケアをしている事業者様など、「日常×災害時」という文脈でご一緒できる方々はたくさんいらっしゃるはずです。そうした方々と共に、日常に寄り添った新しい価値を展開していければと考えています。

×