スポーツを楽しむ方法は、昨今大きく様変わりしています。今や、ファンはあらゆるプラットフォームで試合や選手の素顔などを楽しみ、スポーツを運営する組織は、ファン一人ひとりの心に響くパーソナライズされた体験を、いかに早く、多様な形で届けるかが求められています。
今回紹介するWSC Sports Technologiesは、AIを活用してスポーツ映像の見どころを自動抽出し、ハイライト動画や番組などを生成するソリューションを提供しています。グローバルで650社以上の企業に導入され、70種類ものスポーツに対応。国内でも、WOWOWの事例でハイライト視聴ユーザーが74%増加するなどの大きな成果を上げています。
映像の縦型自動クロップから、多言語への自動ダビングやリップシンク機能、記事からの動画生成や若年層向けの番組自動生成まで、スポーツビジネスのリーチ拡大とパーソナライゼーションを強力に推進する独自機能が備わっている点が最大の特徴です。
本記事では、プロダクトが開発された背景にある課題意識、独自に学習を重ねたAIの仕組み、そして導入企業にもたらされるファン体験の革新について、同社の中川さんにお話を伺いました。

「スポーツ×AI」でファンエンゲージメントを高める戦略的プラットフォーム
Q. まず、貴社の事業内容とプロダクトの概要について教えてください。
中川さん: WSC Sports Technologiesは現在670人ほどの社員がおり、その半数以上が開発に集中している組織体制です。クライアント数に関しては、グローバルで650社に上ります。
私たちは「B2C」ではなく、権利元がスポーツコンテンツを直接ファンに届ける「B2B」モデルを掲げています。具体的には、AIが試合映像から自動生成したコンテンツを、クライアント企業のアプリやオウンドメディア、ウェブサイト、SNSなど、あらゆるプラットフォームへ迅速かつ簡単に配信できるソリューションを提供しています。AIが重要なシーンを的確にピックアップし制作を効率化することで、空いたリソースをより戦略的な企画に充てられるだけでなく、多様なファンの熱量に応えるパーソナライズされたコンテンツ体験を届けることが可能です。単なるダイジェストだけでなく、「メッシの右足だけのゴール集」や「ヘディングだけのゴール集」といったファン一人ひとりのコアなニーズに応えるコンテンツも瞬時に生成できるのが大きな特徴です。
Q. 提携されている企業を見るとサッカーやバスケ、野球など幅広いですが、他にも対応しているスポーツはあるのでしょうか?
中川さん: 現在は70種類ほどのスポーツに対応しています。競技によってファンが熱狂するポイントは全く異なるため、例えばアメフトとサーフィンでは個別にシステムへ学習させています。「ファンの心を動かす重要なシーンはどこか」をベースとしてAIにしっかり教え込むことで、一つひとつの競技に最適なファン体験を創出できる仕組みを作っています。
スマホ視聴や多言語展開の壁を越える、縦型変換とAIダビング機能
Q. 元素材となる動画をプラットフォームに入れると、どのようにコンテンツが生成されるのでしょうか?技術的な工夫やユーザー体験について教えてください。
中川さん: まず、インプットされた試合映像のすべてのプレイを、AIが自動的に短いクリップに分割します。例えば1試合だけで1,800個以上のクリップが生成され、これには試合後のインタビュー映像なども含まれます。その後、AIが各クリップの重要度を分析し、「どのシーンを組み合わせるべきか」を判断して、自動的にハイライトや番組を制作する流れです。
また、生成AIの領域として「言語の壁を越える機能」にも力を入れています。海外選手のインタビューなどを多言語に自動ダビングする際、単純に翻訳・音声化するだけでなく、本人の声質や喋り方をクローニングして出力します。さらに「リップシンク」技術を用いて口元の動きまで合わせることで、まるで本人が本当にその言語(日本語など)を喋っているかのような自然な動画を生成し、字幕とともに提供することが可能です。

Q. 映像のフォーマット変更などにも対応しているのでしょうか?
中川さん: はい、特に需要が高い「縦型動画への自動変換」に対応しています。単に画面の中央をトリミングするのではなく、AIが通常の横型映像を分析して「映像内のどこが見どころか」を的確に判断します。例えば、ボールや選手の激しい動きに合わせて、重要な部分だけを追従して切り出すことが可能です。
これに力を入れている理由は、最近のSNSがすべて縦型プラットフォームにシフトしており、モバイルで視聴するユーザーが圧倒的に多いためです。プラットフォームの特性に合わせた最適なフォーマットで、即座にコンテンツを展開できるようになっています。
14歳以下のファンを獲得せよ。子供向け番組の自動生成も実現
Q. 記事から動画を生成したり、番組を作ったりする機能もあるとお聞きしました。
中川さん: はい。まず記事の動画化についてですが、「Article to Video(A2V)」という機能を提供しています。メディアの記事からAIが重要なポイントを抽出し、関連する選手の動画と組み合わせて、画面下部に要約テロップを入れた動画を自動生成します。読者がテキストだけでなく、動画でも直感的に情報を得られるようにするメディア向けの機能です。
また、番組の自動生成については、「AIボイスオーバー」という機能に現在最も力を入れています。例えば、DAZNさんがカナダやドイツで展開しているNHL(アイスホッケー)の週次リキャップ番組は、弊社のシステムで作成しています。AIが試合映像から自動でスクリプトを作成し、AI音声を用いて一つの番組動画に仕上げます。多言語展開する際も単純な翻訳ではなく、現地のマーケットに合わせた独自のスクリプトを作成し、喋り方や見せ方までローカライズしてファンの心に響くコンテンツを生み出せるのが強みです。
Q. 自動生成の仕組みを活用して、特定のターゲット層へ向けたアプローチなどもされているのでしょうか?
中川さん: まさにその部分で、若年層に向けたエンゲージメント強化を進めています。私たちのデータによると、「熱狂的なスポーツファンになるかどうかは14歳頃までに決まる」という傾向があり、それ以降の年齢からハードコアなファンを獲得するのは難しいとされています。
そのため、多くのリーグが新たな若いファン層を取り込もうと動いており、弊社でも子供向けの番組制作を支援し始めています。先ほどの番組自動生成の仕組みを活用し、画面内にオリジナルのキャラクターを登場させ、そのキャラクターの性格に合わせた子供向けのスクリプトをAIが自動作成して配信する、といったファン化のための工夫を行っています。
13年以上の独自開発と70種のスポーツごとに最適化されたAI学習
Q. 音声生成や動画生成の基盤モデルは、外部ツールを利用しているのでしょうか?それとも独自開発ですか?
中川さん: ほとんどは弊社独自で開発しています。AIという言葉はこの数年でバズワードになっていますが、弊社はこのビジネスを13、14年ほど前から展開しており、その当時からずっと独自に開発を続けています。
Q. 貴社のコアな価値は、AIが「スポーツごとの見どころ」をいかに理解しているかだと思います。そのあたりの学習はどのように行っているのでしょうか?
中川さん: スポーツによって「何が熱狂を生むのか」という見どころは全く異なります。そのため、新しい競技をシステムに追加する際は、一番最初に人間がAIに対して基礎的なルールやハイライトの基準を学習させます。例えば「アメフトであればタッチダウン」「サッカーであればゴール」といった最もファンの感情が動くシーンをシステムに教え込むことで、AIが競技ごとの特性を深く理解し、「ゴールシーンは絶対にハイライトに含めるべきだ」と自律的に判断して的確な編集を行えるようにしています。
導入初期のオンボーディングと最適な体験を届ける「レーティング機能」
Q. 一つの試合から、具体的にどれくらいの数のクリップが生成されるのでしょうか?
中川さん: 競技や試合展開にもよりますが、例えばある試合ではAIがすべてのプレイを分割し、1試合だけで1,837個ものクリップが自動生成されます。映像データの中に試合後のインタビューなどが含まれていれば、それらもすべて漏らさずクリッピングの対象となり、ファンの多様なニーズに応えるための素材となります。
Q. その膨大な数のクリップの中から、見どころとなるシーンはどのように選別・編集されているのでしょうか?
中川さん: AIが各クリップを分析し、自動的に星1から星5までのレーティングをつけています。例えば、テニスのマッチポイントのような試合を決定づける重要なシーンは、より高いレーティングに設定されます。ハイライトを作成する際は、完成させたい動画の「長さ」に合わせて選ばれるシーンが自動で調整されます。例えば2分の短いハイライトを作る場合は星5や星4の高いクリップのみで構成されますが、20分の長尺ハイライトを作る際に素材が足りないとなれば、星3や星2のクリップからもバランスよくピックアップし、ファンが飽きずに楽しめる最適な構成が自動で行われる仕組みです。
Q. それらを繋ぎ合わせて番組やハイライトを生成する際、クライアント側が手作業でカットや指示を出す必要はほぼないのでしょうか?
中川さん: 基本的にはすべて自動で完結します。ただし、番組制作を導入する一番最初の段階では、クライアントと密に話し合いながら「どのようなファン体験を提供したいか」という方向性を定めていきます。例えば、「どういうキャラクターを登場させるか」「週次のリキャップにするか、月次にするか」「あるいはルール説明に特化させるか」といった細かな設定を一緒に決定します。最初は密に伴走して初期設定を行いますが、一度ファンのニーズに合わせたフォーマットが決まってしまえば、以後は毎週・毎月自動で安定して質の高いコンテンツが届けられるようになります。
ハイライト視聴74%増。即時配信が求められるWOWOW等の導入事例
Q. 国内企業での具体的な導入事例や成果について教えてください。
中川さん: WOWOWさんの事例をご紹介します。チャンピオンズリーグなどのサッカー中継において弊社のシステムをご活用いただきました。主に3つの領域で展開しており、1つ目はSNS向けの短い試合ダイジェストの配信(YouTube等)、2つ目はより長尺となる10分ほどのハイライト動画の自社プラットフォーム(WOWOWオンデマンド)での配信です。そして3つ目が、Googleで試合を検索した際に検索結果の最上部に表示される「Google OneBox」への動画掲載です。
これらの施策によって、ハイライト動画を視聴するユーザーが74%増加し、サッカーコンテンツ全体を視聴するユーザー数も17%伸びました。さらにSNSにおいても、X(旧Twitter)のフォロワー数が33%増加するというファンエンゲージメントの大幅な向上に繋がっています。
Q. 試合終了後だけでなく、試合が行われている最中の「リアルタイム配信」での活用事例もあるのでしょうか?
中川さん: はい、DAZNさんの事例がまさにそれにあたります。試合が進行している最中に、AIが自動生成したコンテンツをInstagramのストーリーズのような形式で配信しています。自動でグラフィックを装飾し、ユーザーが自由に好きなハイライトシーンをスワイプして見られるようにしています。その上で、画面の最下部にCTAを配置し、DAZNのランディングページへ誘導して新規登録を促すといったシームレスなフローを構築しています。
Q. ユーザーの熱量が高い瞬間にタッチポイントを作れるわけですね。やはりスポーツコンテンツにおいては、その「スピード感」がビジネスの鍵を握るのでしょうか。
中川さん: おっしゃる通りです。スポーツビジネスにおいてスピード感は命です。ファンは、試合中や試合が終わった直後という熱狂の最中こそ「今、何が起きているのか」「どんな凄いプレーがあったのか」を知りたがっています。これまで人間の手作業で何時間も、あるいは何日もかかっていた編集作業を、弊社のシステムを通すことで数秒から数分へと圧倒的に短縮し、熱狂が冷めないうちに最適なコンテンツを配信できること。それこそが、メディアやスポーツチームの収益を最大化する最大の強みだと考えています。
マイナースポーツのリーチ拡大とファン一人ひとりに寄り添うパーソナライズへ
Q. 今後の事業展開やプロダクトの展望についてお聞かせください。
中川さん: 今後の展望としては、弊社のシステムをより幅広いパートナー企業様にご活用いただきたいと考えています。メジャーなスポーツはもちろんですが、対応する競技数も1年前の50種類から現在は70種類へと拡大しており、今後もさらにニッチなスポーツをカバーしていく予定です。
マイナースポーツの場合、最初は放送局に放映権を買ってもらえないことも多く、リーグやチーム自らがプロモーションを行ってファンを獲得していく必要があります。そこで弊社のツールを使って多種多様なコンテンツを配信してファンとの接点を広げ、エンゲージメントが高まった段階で放送局へ権利を販売して収益を伸ばす——そうしたスポーツビジネスの成長サイクルそのものを支援していきたいと考えています。
Q. 大量かつ最適なコンテンツを自動生成できるからこそ、ファン一人ひとりの細かなニーズに応えるようなアプローチも可能になりそうですね。
中川さん: おっしゃる通りで、今後のスポーツビジネスにおいて「パーソナライゼーション」は非常に重要なキーワードになります。
例えば、「特定のチームの右サイドバックの選手が好きだけど、ハイライトに残るような目立つプレイはあまりしていない」という熱狂的なファンがいたとします。これまではそうした個別のニーズに応えることは不可能でしたが、AIを使えば、その選手だけの特別なハイライトコンテンツを自動作成して届けることができます。ファンが本当に求めているニッチでコアなコンテンツを個別で提供できるようにしていきたいと考えています。
Q. 最後に、スポーツビジネスに携わる方々へメッセージをお願いします。
中川さん: スポーツの放映権やコンテンツをお持ちの企業様の中で、「ファンエンゲージメントをより深めたい」「一人ひとりに最適なコンテンツを届けたい」「制作を効率化して、浮いたリソースを戦略的な企画に集中させたい」という課題をお持ちであれば、ぜひWSC Sports Technologiesをご検討いただければと思います。手作業をなくしてリソースを最適化し、AIによる圧倒的なスピードとパーソナライズの力で、皆様のスポーツビジネスの成長と新たな収益創出に貢献できると確信しています。