「プロンプト不要」で議会答弁の質を向上。茨城県取手市が拓く、AI活用の新たな地平

茨城県の南端に位置し、「ほどよく絶妙とりで」をキャッチフレーズに、都心への近さと豊かな自然環境が共存するまち、取手市。同市は、テクノロジーを活用して新しい民主主義の創造を目指す官民学が連携した「デモテック協定」を基盤に、官民連携の「音声テック協定」と、先進的なAI活用を推進しています。

 特に、議会関連業務の効率化においては、目覚ましい成果を上げています。Taskhubマガジンでは、過去にも取材を実施させていただいており、2年前の取材からさらに進化したその取り組みについて、プロジェクトを牽引する総務部情報管理課 課長の岩﨑さんと、同課デジタル化推進室 室長の松﨑さんにお話を伺いました。

テクノロジーで民主主義を革新する「デモテック協定」から始まったAI活用

Q. まず、情報管理課・デジタル化推進室の役割と、AIプロジェクトの目的や背景について、改めてお聞かせいただけますか?

岩﨑さん: 情報管理課では、生成AIの活用といった最先端の取り組みから、主にシニア向けのスマートフォン教室の開催といったデジタルデバイド対策、さらには職員が使用する1000台以上のパソコン入れ替え、市民の皆さんの情報の保護まで、市の「情報」と呼ばれる分野全般を担っています。

取手市のAI活用の原点は、令和2年に早稲田大学マニフェスト研究所や、株式会社東京インタープレイなどと締結した、官民学連携の「デモテック協定」にあります。これは、早稲田大学名誉教授の北川正恭先生が提唱する、デモクラシーとテクノロジーを掛け合わせた造語「デモテック」の実現を目指すものです。テクノロジーを使って新しい民主主義を創造しようという大きな流れの中で、AI技術を持つ株式会社アドバンスト・メディアとも令和3年に音声テック関連技術連携協定を締結し、具体的な取り組みが始まりました。

1時間の議事録を十数秒で議会広報用原稿に要約。「議会だより作成支援システム」がもたらす変革

Q. 前回の取材から2年が経ちますが、新たに取り組まれたことはありますか?

岩﨑さん: 生成AI活用の領域で最も大きな進捗は「議会だより作成支援システム」と「議会答弁書作成支援システム」の進化です。単純な文章生成だけでなく、紙面・ホームページ用の要約作成や答弁書の素案作成に先進事例や過去議事録検索など複数の機能を組み合わせた活用が進んでいます。また、AI技術全般という括りでは、音声AI技術を活用したカスタマーハラスメント対策も、新しい取り組みとしてテスト運用を開始しました。

Q.「議会だより作成支援システム」について、具体的にどのようなことができるのでしょうか?

岩﨑さん: このシステムは、議会広報紙である「議会だより」の作成業務を劇的に効率化します。多くの自治体では、議員や職員が議事録を読み込み、手作業で要約や文字数調整を行っていますが、これには膨大な時間がかかります。

私たちのシステムでは、例えば1時間に及ぶ一般質問の議事録データ(音声認識でテキスト化されたもの)を読み込ませると、わずか十数秒で要約された一問一答形式の原稿案が自動生成されます。さらに、生成された文章の横には文字数がリアルタイムで表示され、「1人あたり250文字」といった紙面の制約に合わせて、どの部分を使えばよいか一目で判断できます。不要な部分を削るなどの直接編集も可能で、編集後の文字数も即座に反映されます。

これにより、従来、人が多大な時間をかけて行っていた紙面への割り付けに至る作業を、はるかに速く、正確に行えるようになりました。

機能 概要
自動要約機能 長時間の議事録データを読み込み、わずか十数秒で一問一答形式の要約案を生成する。
リアルタイム文字数カウント 生成された各質疑応答の文字数を表示。紙面の文字数制限に合わせた原稿作成を支援する。
直接編集・反映機能 システム上で直接文章を編集でき、変更後の文字数が即座に再計算される。
簡単操作 職員がファイルを選択して読み込ませるだけで、専門的な操作は一切不要。

職員の知見を前提とした「積み上げ式ではない」独自の発想

Q. 以前から答弁書素案の作成にAIを活用されていたとのことですが、そこから現在のシステムに、どのように進化したのでしょうか?

岩﨑さん:最大の進化は、答弁書素案ができあがるまでの「現場のプロセス」そのものをシステム化したことにあります。以前からAIを素案作成に活用してきましたが、さらに実務に即した形にするため、答弁書作成業務フローをすべて洗い出しました。それを開発担当者と共有し、二人三脚でシステムに落とし込んだのです。

開発にあたっては、一ユーザーでもある私でも「迷わない」と感じられる操作性と、過去データを学習させない「積み上げ式ではない思想」に徹底的にこだわりました。過去の議論や計画は職員の脳内や共有フォルダにあるため、あえて学習させておく必要はないと考えたからです。具体的には、まずAI「想定質問」を多角的に作らせ、その論法を把握した上で、「答弁」を練り上げる。この一連のプロセスを、プロンプト不要のボタン操作だけで実行できるようにしたことが、以前の活用形態からの大きな進化です。

5割以上の工数削減と「質の向上」。職員の学習機会にも

Q. 新たなシステムを導入したことによる、具体的な成果や効果について教えてください。

岩﨑さん: 答弁書作成支援システム導入後に職員へアンケートを取ったところ、半数以上の職員が「5割以上の工数削減があった」と回答しました。

また、定量的な効果以外にも、職員からは「自分たちでは考えつかなかったような想定問答を準備して議会に臨むことができた」「ゼロから答弁書を作るのはハードルが高いが、AIが叩き台を作ってくれるので非常に早くなった」といった声が数多く寄せられています。さらに、AIが関連計画の該当箇所を正確に示してくれるため、特に所属歴の浅い職員にとっては、計画内容を深く理解する学習の機会にもなり、職員自身の知見向上にも繋がっています。

私たちがこのツールを「自動作成ツール」ではなく、あえて「作成支援ツール」と名付けているのは、職員が楽をするためではなく、あくまで「質の向上」が目的だからです。AIが生成した案をそのまま使うことはなく、必ず職員が中身を精査し、より良い答弁へと磨き上げる。そのための時間と思考を確保することが、このシステムの真の価値だと考えています。

なぜ「プロンプト不要」なのか? 全職員が使いこなせるための設計思想

Q. このシステムでは、ユーザーがプロンプトを書く必要がない点が非常に特徴的だと感じました。なぜ「プロンプト不要」というお考えに至ったのでしょうか?

岩﨑さん: 最も大きな理由は、職員が都度プロンプトを入力する手間をなくしたかったからです。以前のシステムでは、職員から「プロンプトの例を教えてほしい」という声が上がりました。しかし、プロンプト一つで生成される内容は大きく変わってしまい、品質が安定しません。

議会答弁という用途に特化したシステムであれば、基本的な命令は決まっています。それならば、その命令をあらかじめボタンの機能として組み込んでしまい、職員はボタンを押すだけで目的の結果を得られるようにすればよいのではないか、という発想に至りました。もちろん、こだわりたい職員もいるため、詳細な指示を追加で入力して、再度答弁を生成させる機能も備えています。「全職員が特別なスキルなしに、AIの恩恵を受けられること」それが最も重要だと考えました。

「DX展」と手厚いフォローアップで、“使われない”を防ぐ浸透策

Q. これほど便利なシステムでも、庁内に浸透させるのは簡単ではないかと思います。活用を促進するために、どのような工夫をされていますか?

松﨑さん: 「役所あるある」なのですが、便利なシステムを導入しても、職員がその存在に気づかなかったり、使い方がわからなかったりして、活用されないケースが少なくありません。そこで私たちは、独自の取り組みとして「取手市DX展」を開催しています。これは、庁内に「音声認識システム」や「RPA・AI-OCR」といったゾーンを設け、職員が都合のよい時間にふらっと立ち寄り、実際にシステムに触れてもらうミニ展示会です。窓口業務などで日中に参加できない職員のために夕方6時30分まで開催するなど、一人でも多くの職員が参加できるよう工夫しています。

また、システム導入時の説明会だけでなく、実践的なフォローアップも徹底しています。例えば答弁書作成支援システムでは、議会が始まる直前の、各議員から質問通告が出されるタイミングでフォローアップ期間を設け、職員が実際にシステムを使いながら答弁の素案を作成する作業をサポートしました。こうした地道な取り組みを通じて、システムが「宝の持ち腐れ」になることを防ぎ、全庁的な業務効率化と質の向上に繋げています。

AGI/ASI時代を見据え、市民と職員双方にとって価値あるAI活用を目指す

Q. 最後に、今後の展望や、さらに挑戦していきたい領域についてお聞かせください。

岩﨑さん: 今はまだAIが生成したものを職員がチェックする必要がある「支援」の段階ですが、いずれ人工汎用知能(AGI)、さらには人工超知能(ASI)の時代が到来します。その時、人口減少社会と相まって、私たち行政職員の働き方や役割は否応なく変わっていくでしょう。その未来を見据え、今はAIに任せられる業務は積極的に任せ、職員はより創造的で、人でなければできない仕事に集中するべきだと考えています。AIの情報収集・生成能力は、業務効率化だけでなく、職員の知見を深める上でも非常に有効です。

松﨑さん:AI技術は日進月歩です。今日の100点のシステムが明日には時代遅れになる可能性もあります。だからこそ、現状に満足することなく、常に社会の動きを捉え、新しい技術をどう行政サービスに活かせるかを考え続けなければなりません。内部事務の効率化はもちろん、今後は市民向けの問い合わせ対応など、住民サービスの向上にもAI活用を広げていきたい。市民の皆さんから「いいね、よかったね」と思っていただけるように、そして職員からも「業務の質が上がった」という声が一つでも多く届くように、市長を先頭に、これからも挑戦を続けていきます。