ソフトバンクの創業事業であるITディストリビューション事業を担うSB C&S株式会社。同社はAI活用の潮流をいち早く捉え、社内業務の抜本的な改革に着手している。2023年に始まったAI活用プロジェクトは、今や単なるチャットツールの導入に留まらず、2030年度を見据えた壮大な業務プロセス改革(BPR)へと進化を遂げようとしている。今回は、同社AX戦略本部 本部長の北澤さんに、独自開発の社内向けチャットサービス「SB C&S AI CHAT(CASAI)」の導入から全社的な業務エージェント化構想に至るまでの軌跡と、その展望について詳しく伺いました。

ソフトバンクのグループ会社としてAI戦略を牽引。全社的活用は「渡りに船」だった
Q. まず、御社の事業内容と、北澤さんの役割について教えてください。
北澤さん: 弊社SB C&S株式会社は、ソフトバンクの100%子会社です。ソフトバンクの創業事業であるITディストリビューション事業を展開しており、国内外の様々なIT関連製品やサービスを仕入れ、法人のお客様やコンシューマーのお客様へ、販売パートナー様を通じて提供しています。法人向けにはシステムインテグレーター様や地域のディーラー様へ、コンシューマー向けには家電量販店様やソフトバンクショップなどへ、スマートフォンアクセサリーといった自社製品も含めて提供しています。その中で私は、社内向けのAI導入やDX推進を担うAX戦略本部の本部長を務めています。
Q. AI活用プロジェクトが始まった背景には、どのような経緯があったのでしょうか。
北澤さん: きっかけは、2023年春頃にChatGPTが世の中で大きな話題になったことです。ソフトバンクグループ全体でAI活用を強力に推進していくという大きな方針が示されたことを受け、当社としてもその流れを率先して進めていくべきだという機運が高まりました。会社としてAI活用の方向に動いていたタイミングでしたので、全社的なAI活用の推進は必然的な選択でまさに「渡りに船」といった状況で、積極的にプロジェクトを始動させました。
予算ゼロから始まった社内AIチャット「CASAI」、成功の鍵は「社内データ連携」
Q. 具体的には、どのようなAI活用から始められたのですか。
北澤さん: 2023年の春、当初はスモールスタートで社内の有志メンバーで立ち上がり、同年6月にはごくシンプルな社内向けチャットのベータ版をリリースしました。しかし、当時のAIモデルは情報が古く、ハルシネーションも頻発したため、社員からは「インターネットで調べられることは求めていない」「社内の専門的なことを教えてほしい」という声が多く寄せられました。我々はディストリビューターとして多種多様な商材を扱っているため、お客様からいただく専門的な問い合わせに即答できるような仕組みが求められていたのです。
Q. 社員のニーズに応える形でリニューアルされた「CASAI」の特徴を教えてください。
北澤さん: 社員の声を受け、2023年10月に社内AIチャットを「CASAI(カサイ)」と名付けてリニューアルオープンしました。「CASAI」の最大の特徴は、「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」という技術を用いて、社内のポータルサイトなどに蓄積された膨大なナレッジデータと連携させた点です。システム基盤にはAzure Open AI Serviceを採用し、より実践的なツールへと生まれ変わりました。また、親しみやすさを出すためにキャラクターも生成AIで作成したのですが、今では社内で「CASAIに聞いたんだけど」という会話が日常的に交わされるほど定着しています。
Q. 「CASAI」は、具体的にどのような業務課題を解決したのでしょうか。
北澤さん: 当社で最もトランザクションが多かったのが、営業担当者がお客様から受けた製品に関する問い合わせを、社内の仕入れ担当者にメールで確認するという業務でした。このやり取りには1件あたり平均で約4時間、半日ほどかかっており、その間お客様をお待たせしてしまっている状況でした。ここを「CASAI」で解決できないかと考えました。例えば「マイクロソフト製品の買い方の違いを比較表にして」といった質問や、特定のサーバー製品における推奨バッテリーの代替型番を尋ねるような質問に対し、「CASAI」が社内データを参照して即座に回答し、関連資料のリンクまで提示します。これにより、これまで半日かかっていた確認作業が、わずか3分で自己解決できるケースも生まれています。
| 項目 | Before(従来の方法) | After(「CASAI」導入後) |
| 担当者 | 営業、バイヤー、メーカー担当者 | 営業担当者 |
| 手段 | メールでの問い合わせ | AIチャット「CASAI」への質問 |
| 平均回答時間 | 約4時間(半日) | 約3分 |
| 効果 | 顧客を待たせる時間が発生 | 顧客への即時回答が可能に。サービスレベルが向上 |
利用率2割から9割へ。地道な普及活動と経営層からの推進が定着化を後押し
Q. 「CASAI」を社内に浸透させる上で、どのような工夫をされましたか。
北澤さん: 導入当初は、半年ほど利用率が社員の2割程度で伸び悩みました。「今までのやり方で特に困っていない」「プロンプトの使い方が難しくて、うまく答えを引き出せない」といった声が障壁となっていました。そこで、まず具体的な要件を括弧内に記述するだけで回答を得られるプロンプトテンプレートを100種類以上用意しました。さらに、私のチームメンバーが年間数十回、ほぼ毎週のように勉強会を開催し、プロンプト作成のコツを伝えたり、自主的に参加者が集まって自身の業務に合わせたプロンプトを考えるワークショップを実施したりと、地道な普及・啓蒙活動を続けました。加えて、経営層からもAI活用を強く推奨するメッセージが発信され、全社的な意識の醸成が進みました。
Q. 社員の反応や利用状況はいかがでしたか。
北澤さん: こうした取り組みの結果、利用率は右肩上がりに急増し、今では月間の利用回数が5万から6万回に達しています。定期的に実施しているアンケートでは、「CASAIがなくなると業務に困る」という声が圧倒的多数を占め、非常に嬉しく感じています。利用頻度を見ても、半数以上の社員が「ほぼ毎日利用する」と回答し、週に1回以上利用する社員は全体の9割にのぼります。社内業務を支える基盤ツールの一つとして定着しつつあります。
“チャット”から”エージェント”へ。2030年度を見据えた全社業務改革(BPR)の構想
Q. 今後のAI活用の展望についてお聞かせください。
北澤さん: 「CASAI」を単なる便利なチャットツールにとどめず、業務プロセスそのものを高度化する基盤へと進化させていきたいと考えています。次のステージとして、実業務にAIによる自動化を組み込む「エージェント」の開発を推進しています。例えば、PCの選定業務です。これまではお客様から漠然とした要望を受けると、営業が内勤アシスタントや業務委託の方に依頼し、そこから各メーカーのバイヤーへ個別にメールで問い合わせていました。これを、営業担当者がお客様の要望スペックを入力するだけで、複数メーカーの製品を横断的に検索し、在庫の有無まで確認できるエージェントに置き換えます。将来的には、選定された製品で見積書を作成し、返信メールに添付するところまでの一連のプロセスの自動化を目指しています。
Q. ソフトバンクグループ全体での取り組みとは、どのように連携されているのでしょうか。
北澤さん: 当社独自の「CASAI」は社内データ連携に強みを持つ一方、グループで導入されたChatGPTは、グループ全体で進む次世代AI基盤構想としての役割も担っています。また、「CASAI」でも業務に特化したオリジナルプラグイン開発を推進しており、社内コンテストを開催したところ、第1回の優勝者は入社1年目の営業担当者でした。AI活用に年次や経験は関係ないことを象徴する出来事でしたね。こうした取り組みに加え、月1回の「生成AIワーキンググループ」でグループ各社の担当者と情報交換を行うなど、連携を密にしています。
Q. より長期的な視点での業務改革について、お考えを教えていただけますか。
北澤さん: 中期経営計画では、生産性向上と持続的成長の両立を重要テーマとしています。
昨年、約半年をかけて全社の業務フローを可視化(As-Is分析)するプロジェクトを行い、会社全体でどの業務にどれくらいの工数をかけているか、実態が明らかになりました。我々は、それらについて自動化をひとつずつ進めていき、中期計画のゴールである2030年度までに完了させるロードマップを描いています。このBPRを成功させるには、「①AIによるプロセス改革」「②変化に対応する人材ポートフォリオの再設計」「③従業員の納得感を醸成する丁寧なコミュニケーション」の3つをセットで進めることが不可欠だと考えています。「仕事を奪うのではなく、人はより付加価値の高い仕事へシフトしていくのだ」というメッセージを伝え、全社一丸となってこの変革を進めていく所存です。
AI時代に求められる人の役割とは。未来への挑戦は始まったばかり
Q. 最後に、読者へのメッセージや今後の意気込みをお願いします。
北澤さん: 我々の取り組みは、まだ始まったばかりです。現在も進化の過程にあり、この変革が1年後、2年後、3年後と、どのような成果が生まれてくるのか、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。AIによって単純作業から解放されたとき、人に求められる役割やスキルは間違いなく変化します。その変化を見据え、会社も従業員も共に成長していく。そんな未来を目指して、これからも挑戦を続けていきます。