生成AIの進化がビジネスのあり方を大きく変えようとする中、特に高い専門性とセキュリティが求められる法律業界でも、その活用に大きな注目が集まっています。今回は、いち早く生成AIの本格導入を進めている弁護士法人賢誠総合法律事務所の弁護士の黒栁武史さんにお話を伺いました。導入の背景から具体的な活用法、そして弁護士ならではのAIとの向き合い方まで、その先進的な取り組みの全貌に迫ります。

時代の変化に対応するため、進化するAIを業務の基盤に
Q. なぜ生成AIを導入しようと考えたのですか?
黒栁さん: 最初に何か明確な課題があったというよりも、AIが日々進化していく中で、一昨年(2024年)頃に、当事務所でもAIを業務に活用すべきだと考えたのが始まりです。元々は議事録の作成といった補助的な業務から使い始めました。私自身がAIに強い興味を持っていて、業務とは別に音楽や動画、スライド作成などを試していたのですが、その進化のプロセスを見て、いずれ業務全般の基盤になり得るという直感がありました。事実、AIは単なる壁打ち相手としてだけでなく、法律的な専門知識や論理構成、文章作成やその他資料作成全般において高品質なアウトプットを出せるレベルにまで進化してきたため、現在では業務全般で利用しています。
Q. 当初はMicrosoft Copilotを利用し、現在はGoogleのGeminiをメインに活用されていると伺いました。その経緯を教えていただけますか?
黒栁さん: 当初はCopilotを利用していましたが、一昨年頃のものは性能的に十分ではなく、特に扱える情報量が少ない点が課題でした。当時、法人利用できるセキュリティ水準のAIはCopilotかGeminiの二択と考えており、両者を比較した結果、より多くの情報を扱えて、動画なども利用できるマルチモーダル性といった性能面で、Geminiが優れていたため、移行を決めました。さらに、昨年(2025年)中には、MicrosoftからGoogleへとWorkspaceを全面移行し、弁護士・事務局含め、事務所全体でGeminiを活用しています。また、現在では、Geminiに加えて、Claudeの法人向けアカウントを、ほぼ全ての弁護士に導入しています。
全弁護士参加の「AI会議」で、使い方から業務活用までを共有
Q. 画期的なツールである一方、所員の皆様がすぐに使いこなすのは難しかったのではないでしょうか。所内への浸透はどのように進められましたか?
黒栁さん: 昨年4月に、まずは弁護士に先行してGeminiを導入したのですが、多くの弁護士には生成AIを業務利用することへの具体的なイメージがありませんでした。そこで、その頃から2週間に1回程度の頻度で、基本的に弁護士全員が参加する「AI会議」という場を設けています。会議では、当初は、Geminiの基本的な操作方法からレクチャーしました。それが一通り終わった後は、より実践的な内容に移り、実際の業務にどう活かしていくか、画面を共有しながら進めました。例えば「こういう書類を貼り付けて、こういうプロンプトを入れると、こんな書面が作れますよ」という具体的なデモンストレーションを逐一見せる形です。
また、一方的に教えるだけでなく、参加者からも様々なアイデアを募ることで、組織全体で活用ノウハウを蓄積し、浸透を図っていきました。具体的には、参考になるプロンプトや活用方法などをスプレッドシートにまとめて所内で共有したり、事務局からの業務効率化のアイデアには報奨金を出すなどの工夫をしています。
リサーチから書面ドラフトまで、AIを業務のあらゆる起点に
Q. 現在、現場では生成AIを具体的にどのように活用されていますか?
黒栁さん: GeminiやClaudeに限らず、他の法律業務に特化したAIも併用していますが、まず何かを調べる際にはAIに聞く、ということが業務の起点になっています。訴状や準備書面といった訴訟・交渉業務における書面のドラフト作成なども、方向性を検討した上で、まずはAIに叩き台を作らせています。また例えば、GeminiのGemsやGAS(Google Apps Script)を活用して、スライド作成、ミーティング議事録作成、誤字脱字チェック、契約書レビュー、といったそれぞれの用途に応じたアプリを作成したりしています。そして、これらを所員に共有し、AIに任せられる仕事は極力AIに任せるという方針で活用を推進しています。
Q. 法律という専門領域ならではの、特に有効だと感じたユースケースはありますか?
黒栁さん: 汎用AIの弱点からお話しすると、GeminiのようなAIは学習ソースがWeb上の情報が中心のため、誤った情報を生成することがあります。そのため、判例などの正確性が求められるリサーチ業務に関しては、法律書籍や判例データベースを基にした法律専門のAIサービスを利用するようにしています。
一方で、汎用AIは非常に高い論理的な分析能力やマルチモーダル性を持っています。特にGemini 3.1などは精度が向上しており、例えば訴訟や交渉における動画・画像なども含めた資料をインプットし、それに対する分析や、主張・反論を論理的に考えさせるといった使い方でその能力を発揮します。ソースとなる資料が豊富に揃っている案件において、それらの情報を踏まえて論理的な主張を組み立てる、その「叩き台」としては大いに活用できると感じています。
業務時間の大幅な短縮と、経験に左右されないアウトプットの均質化
Q. AIの活用によって、どのような成果や効果が得られていますか?
黒栁さん: 定量的な効果としては、やはり業務時間の大幅な削減が最も大きいと感じています。書面の作成にしろ契約書のレビューにしろ、これまでかけていた時間が大幅に圧縮され、業務内容によっては10分の1か、それ以上の効率化が実現できているという実感があります。
また、定性的な面では、経験の多寡による影響を小さくできるという効果がありました。例えば入所1年目など経験の少ない弁護士や事務局のスタッフであっても、AIを活用することで、ある程度均質なアウトプットを第一次案として作成できるようになります。もちろん、それをそのまま採用することはできませんので、内容を的確に評価・チェックする能力が不可欠となり、その能力をどう高めていくかが今後の課題です。しかし、当事務所が蓄積してきた50名以上の弁護士のノウハウをGoogleドライブに集約し、それをAIが参照できるようにしたことで、知識の共有や品質の均質化、そして迅速なアウトプットという点で、業務効率が飛躍的に向上したと感じています。
SaaSの活用を超え、事務所全体でAIを使いこなす「エンジニアリング的素養」を
Q. 今後、生成AIを活用してどのようなことに挑戦していきたいですか?
黒栁さん: 個人的には、昨年の中頃から、プログラミングやエンジニアリングの学習に力を入れています。AIを高いレベルで使いこなすためには、ある程度これらの基礎を理解する必要があると考えているからです。その知識を活かして、Google Cloudといった、SaaSの利用を超えた領域でAIを使いこなせるようになりたいです。これからの時代、単にSaaSを導入するだけでは他事務所との差は生まれないと思われます。事務所全体でエンジニアリング的な素養を身につけ、AIの性能を自社に合わせてカスタマイズし、最大限に活かせる組織を目指していきたいと考えています。
また、組織的に、Claude Codeなどのエージェント型AIを使いこなして、さらに業務効率化や自動化などを進めていきたいと考えています。そのための一歩目として、例えば、全弁護士向けに、VSCodeなどのIDE上でもAIを利用できるように研修を行うなどしています。こうしたエージェント型AIと、弁護士・事務局の業務とのバランスや協働を考えながら、業務の最適化に取り組んでいきたいと考えています。
セキュリティ要件でAIを使い分け、時代に合った最適なインフラを選択し続ける
Q. 弁護士という職業柄、特に高い情報セキュリティが求められると思います。生成AIと向き合う上で、どのような点を意識されていますか?
黒栁さん: 弁護士には守秘義務があるため、AIの導入にあたっては相当慎重に検討しました。主要なAIサービスの利用規約は概ね読み込みました。その中で、法人向けGoogle Workspaceでは、入力したデータがAIのトレーニングには使われず、人間のレビュワーが中身をレビューすることもないことが保証されています。また、規約には、データ処理補遺条項(DPA)が織り込まれており、Google側が、データについて適切な技術的・組織的安全管理措置を行うことが約束されています。これならば、通常のクラウドサービスにデータを保管するのと同等の安全性だと判断し、業務利用を決めました。現在、業務上の情報を取り扱う場面では、このレベルの安全性が確保されたAIしか使わないというルールを徹底しています。
その上で、領域を明確に切り分け、業務上の情報に関わらないリサーチなどの場面では、特定のAIに限定せず、様々なAIを広く試し、何ができるのかを検証していくというスタンスで進めています。
このような検証も踏まえて、現在では、前述のとおりClaudeやChatGPTも法人向けプランで導入しています。なお、ChatGPTについては、通常の契約とは別にDPAを締結する必要がありましたが、この点もしっかりと整備しました。
Q. 最後に、読者へのメッセージをお願いします。
黒栁さん: 当事務所が長年利用していたMicrosoftからGoogle Workspaceへ全面的に乗り換えたのは、AIの活用において、その時代に合った最適なITインフラを選択することが不可欠だと考えたからです。AIツールは日々物凄い速度で進化しており、その進化の波に乗り続けるとともに、特定のツールにこだわらずに、日々最適なインフラを模索することがとても重要だと考えています。
その中で、私たちは、AI活用において他の法律事務所に負けないよう、常に最先端を走ることを目指しています。そして、AIに任せられる作業は徹底的にAIに任せ、弁護士は、AIも含めたマネジメントや、対人的な交渉・訴訟といった、人間にしかできない本質的な領域にリソースを集中させる。それによって顧客価値を最大化することこそが、当事務所が目指すAI活用の姿となります。事務所の理念である「AIを最大限駆使し、かつ、AIの『その先』に到達する」という言葉の通り、これからも先進的な取り組みを続けていきたいと思っています。