独自の生成AIで窓口業務を変革。職員が主体的に活用する環境づくりが葛飾区の全庁的な浸透の鍵に

生成AIの活用が行政サービスにおいても重要なテーマとなる中、東京都葛飾区では区独自の生成AIを導入し、業務効率化を進めています。職員の誰もがAIの恩恵を受けられるよう、活用事例の展開やモデルのアップデートといった地道な取り組みを重ね、利用率向上を実現しました。現在は、全国でも先進的な「行政特化型AIエージェントシステム」の導入を見据え、区民サービスの向上を目指しています。今回は、葛飾区で生成AIの活用を推進するDX戦略課の大森さんに、導入の背景から今後の展望まで詳しくお話を伺いました。

汎用性より「実用性」を重視。現場の声から生まれた区独自の生成AI導入への道

Q. まず、葛飾区で生成AIを導入された目的や背景についてお聞かせください。

大森さん: 2022年11月にOpenAI社がChatGPTを公開し、社会的に大きな注目を集めたことがきっかけです。この流れを受け、「庁内の業務で活用できないか」とトップダウンによる検討指示が出されました。まずはデジタル推進担当課(現DX戦略課)が所属する政策経営部で試行を重ね、その有効性を確認した上で、全庁展開に向けて「葛飾区生成AI」を構築することに至りました。この区独自の生成AIは、一般的なメール文の作成や議事録の要約などはもちろん、葛飾区の各種計画や各課が作成したマニュアルといった内部情報を投入しており、区独自の情報を踏まえた回答を生成できる点が大きな特徴です。2024年6月には全庁職員が利用できる形でリリースしました。

Q. 多くの自治体が外部の法人向けツールを導入する中、独自開発に踏み切ったのはなぜでしょうか?

大森さん: 決め手となったのは、政策経営部で試行を行った際の職員からのフィードバックです。試行結果として「葛飾区独自の情報を踏まえた回答が欲しい」という声が数多く挙がりました。汎用的な生成AIでは対応しきれない、より業務に即した実用性を追求した結果、区の計画やマニュアルを参照し、回答を生成できる仕組み(RAG:検索拡張生成)を持つ区独自の生成AIを導入する方が、業務効率化に大きく貢献できると判断しました。

利用率向上の鍵は「事例集」「性能向上」そして「能動的な働きかけ」

Q. 実際に職員の方々は、現場でどのように生成AIを活用されているのでしょうか?

大森さん: メール文の作成や議事録の作成といった一般的な用途に加え、窓口部署で作成した業務マニュアルを活用して、窓口業務にも役立てています。近年、当区では若手職員が増加しており、経験豊富なベテラン職員との間で窓口対応の品質に差が生まれてしまうことや、窓口の待ち時間が長いことが課題となっています。そこで、窓口で使用している業務マニュアルを葛飾区生成AIに投入し、誰でも迅速かつ正確な案内ができるよう支援する取り組みを始めました。これにより、ベテラン職員が持つ知識を、若手職員でも体系的に活用できる環境が整いつつあります。

Q. 導入後、なかなか使ってもらえないという悩みも聞かれますが、活用を促すためにどのようなフォローをされたのですか?

大森さん: 活用率の伸び悩みは本区でも課題でした。そこで、いくつかの施策を講じました。まず、2024年度と2025年度の新規採用職員を対象に研修を実施したところ、デジタルネイティブ世代である職員が生成AIを使いこなす様子が見られ、手応えを感じました。さらに、2024年11月頃には具体的な活用方法をまとめた「生成AI活用事例集」を全庁に展開し、「このマニュアルを選択してこう質問すれば、こんな回答が得られます」といった実践的なノウハウを共有しました。同時期に、AIのエンジンを従来のGPT-3.5 TurboからGPT-4oとGPT-4o miniに刷新したことも大きな転機でした。回答精度が格段に向上したことで、これまで利用をためらっていた職員からも「これなら使える」という声が挙がり、利用率が着実に高まっていきました。また、2026年2月から生成AIの効果的な活用方法を紹介する庁内報「生成AIの秘密基地」を発行し、今後定期的に発行していく予定です。

Q. 振り返ってみて「ここが活用率の明暗を分けた成功のポイントだった」と思われる点は何でしょうか?

大森さん: 私たち担当者が「待ち」の姿勢ではなく、各部署へ能動的に働きかけたことも大きな要因だったと感じています。ツールをリリースしただけでは、その存在すら知らない職員も少なくありませんでした。そこで、「職員が使っている窓口業務のマニュアルを生成AIに学習させ、業務で活用してみませんか?」と具体的なメリットを提示しながら各部署に提案しました。この働きかけを通じて、初めてツールの存在を知り、その可能性に気づいてもらうことができました。こうした地道なコミュニケーションが、活用の裾野を広げる上で最も重要なポイントだったと考えています。

業務効率化の先に見据える「区民への価値還元」と全国初の挑戦

Q. プロジェクト全体を通して、現時点でどのような効果や成果を感じていますか?

大森さん: 職員がそれぞれの持ち場で工夫しながら多様な使い方を生み出してくれているという定性的な手応えは強く感じています。今後は、メール作成やExcelの関数作成などにかかる時間、そして何より窓口の待ち時間がどれだけ削減できたかなど、区民の皆様にも利益が還元される指標に着目し、定量的な効果を測定していきたいと考えています。

Q. 今後の展望についてお聞かせください。

大森さん: 次なる一手として、窓口業務のさらなる高度化を目指しています。現在のキーボード入力では、お客様との対話中に聞き漏れや入力ミスが発生する可能性があります。この課題を解決するため、2025年度から「行政特化型AIエージェントシステム」の検証を始めました。これは、マイクから入力された音声をAIが直接プロンプトとして認識する仕組みで、職員の入力負担をなくし、より迅速な対応を実現するものです。既に2025年9月に戸籍住民課で、そして本年(2026年)1月からは子育て応援課で検証を行っており、2026年度からの本格導入を目指しています。

Q. 検証では、どのような声や課題が挙がっていますか?

大森さん: 先行した戸籍住民課や子育て応援課での検証では、窓口での対話をマイクが認識しなかったり、質問の意図とは異なるマニュアル箇所を参照してしまったりと課題が見つかりました。これらの課題を解決するため、現在は構築事業者と連携し、マイクの最適な設置場所や適切なマニュアルの参照箇所などをチューニングしながら、精度向上に取り組んでいるところです。

Q. 最後に、今回の取り組みを通じて特に発信したいことがあればお願いします。

大森さん: 今年度から本格導入を目指している「行政特化型AIエージェントシステム」は、おそらく全国の自治体で初めての挑戦になるかと思います。多くの自治体が共通して抱える「窓口の待ち時間」や「職員間の対応スキルの差」といった課題を、テクノロジーの力で解決し、区民サービスの向上に繋げていきたいと考えています。