AIと”対話する”から”一緒に働く”へ – 正解のない試行錯誤の軌跡

AIによる営業変革を実現する「セールスAXソリューション」を提供する株式会社ナレッジワークでは、全社を挙げた生成AIの業務適用を推進し、Difyには、全社研修で提出されたアプリケーションも含め、1,500個ほどのワークフローを作成し、その後Claudeの全社検証導入を進めています。本記事では、導入初期に直面した「チャットAIの限界」と「データセキュリティの壁」、そしてツールの学習コストという高いハードルをいかに乗り越えたのかについて、ナレッジワークAI Operations Groupのマネージャー野本さんと同グループの原口さんにインタビューを実施しました。

項目 内容
業種・組織種別 セールスAXソリューション提供(コンサルティング・プロダクト)
組織規模 205名(2026年2月現在)
主な活用ツール ChatGPT、Gemini、Dify、Claude 等
導入開始時期 2025年1月(開発領域は別途推進)
こんな方にオススメ 非エンジニア部門のAI活用に悩む企業、業務フロー自体の変革を目指す企業

▼野本さん

撮影場所:WeWork 神谷町トラストタワー

▼原口さん

撮影場所:WeWork 神谷町トラストタワー

AIを活用した生産性向上を目的に推進体制を立ち上げた

Q. まずは、お二人の自己紹介と事業内容について教えてください。

野本さん: 弊社は、AIによる営業変革を実現する「セールスAXソリューション」を提供している会社です。働く人たちのイネーブルメント(成果の創出や能力の向上)を支援するため、セールスAIプロダクトシリーズ「ナレッジワーク」と、セールスAXコンサルティングシリーズ「ナレッジワークX」の両輪で事業を展開しています。
私は全社のAI推進チームであるAI Operations Groupのマネージャーを務めています。私たちはAIを単なるツールではなく「人と協働するリソース」であると捉え、AIを活用して社員の生産性を高めることをミッションとしています。

原口さん: 私は、AI Operations Groupで主にエンジニアリングを担当しています。AIを実際の業務でどう使える形にするかという実装部分だけではなく、それを全社でどう広げていくかという浸透の役割も担ってます。

Q. 生成AIの社内導入にはどのような理由があったのでしょうか。

野本さん:生成AI導入当時は、マルチプロダクト展開を進めているタイミングであり、人員は同規模の体制のままスピーディーに顧客へ価値を届けていく必要がありました。そのため、全社で生産性向上が重要なテーマとなっていました。

エンジニア部門では先行してCursorやdevinなどを導入しており、AI活用が進んでいました。しかし、非エンジニアのメンバーはまだリテラシーや活用レベルが十分ではなく、そこをしっかり引き上げるのが私たちの大きなミッションでした。

推進当初、ChatGPT活用で直面したのは「チャットAIの限界」と「セキュリティの壁」

Q. 当初はどのようなツールを導入し、どのように進めていったのでしょうか。
野本さん: 当初はChatGPTの活用から始めました。ChatGPTのチャット機能や、カスタムアプリケーションを作れる「My GPTs」を駆使しながら、業務改善ができないかと模索するところからスタートしました。しかし、全社員にツールを配布したものの、個人個人の作業レベルでの活用に留まっており、全社的な企画や業務プロセスの変革には手がつけられていない状態でした。

Q. ビジネスサイドの方々がAIを使うにあたって、現場からの反発や困難はありましたか。

野本さん: 反発らしい反発は、ありませんでした。導入時にアンケートをとったところ、ほぼ全員がすでに「使っている」と回答しており、当時からみんな「AIを使いたい」という気持ちは強く持っていたことがわかりました。

原口さん: 私も、反発はなかったと感じています。皆さんどんどん活用していきたいという意欲はありました。ただ、いざ自分の業務に当てはめた時に足踏みしてしまうという壁が存在していました。

Q. 推進の障壁となった具体的な懸念や不安の声について教えてください。

野本さん: 大きく3つの壁がありました。1つ目は、「チャットAIのデータ連携の限界」です。営業やCSのメンバーにヒアリングすると、「チャットでできることは分かるが、商談の文脈や社内のドキュメント、Slackのやり取りといったコンテキストをしっかり汲み取った上で回答してくれないと、生産性には直結しない」という声を多く聞きました。業務フローの中で、必要なデータをコンテキストとして取り入れながら、AIを活用できる基盤を整える必要性が見えてきました。

原口さん: 2つ目は、データの取り扱いに関する「セキュリティの壁」です。みんながAIを活用したいと考える一方で、「どこまでのデータをAIに渡してよいのか」という点には、AI特有の難しさがありました。従来のツールとは異なり、入力データの扱われ方や利用範囲が直感的に把握しづらく、ケースごとに適切な判断が求められるためです。そのため、明確な線引きが難しく、慎重にならざるを得ない場面が生まれていました。

3つ目は、いわゆる「0→1」のハードルです。チャットのような最初のハードルは低くても、さらに発展的なことを自分の業務に組み込もうとした時、すんなりできる人と一定の抵抗感を持ってしまう人がいます。この0→1をいかにサポートするかが、普及に向けた最大の課題でした。

指針となる「ガイドライン」と「経営の率先した活用」がAI活用を大きく進める鍵になった

Q. そのような壁を、どのように乗り越えていったのでしょうか。

野本さん: 昨年の9月頃にチャットの限界とデータ連携の課題を議論し、次のステップに進む決断をしました。そして10月に、ワークフロー構築ツールの「Dify」を全社導入しています。単発のタスクではなく、仕事のプロセスをフローとして設計・実装し、必要なデータにアクセスできる基盤を作り上げました。

同時に、データアクセスのポリシーを明確にしました。それまでのハンドブックでは抽象度の高い表現もあったため、「これは絶対にNG」というラインを明確に引きました。例えば「顧客情報、個人情報、要配慮個人情報は絶対に使えない」といったガイドラインを整備しました。その後は自由度高く活用いただき、不安があればAI Operations Groupやセキュリティ・法務窓口に相談してほしいと伝え、Difyの展開を始めました。

Q. Difyのような学習コストがかかるツールを浸透させるプロセスにおいて、誰がどのような役割を果たしたのでしょうか。

原口さん: ツールの学習コストが一定かかる中で、私たちが取ったアプローチは「経営陣を含めたマネジメント層にピン留めして、まずは彼らをしっかりオンボーディングする」というものでした。結果的に、これが最も効果的なブレイクスルーになりました。

代表をはじめとする経営陣の、「AIを使いこなしDifyのワークフローを自分で作る」という熱量がポジティブに周囲にも伝播し、「経営メンバーがここまでの熱量で取り組んでいるのなら、自分もやらなきゃ」という空気が全社に広がっていたように思います。この経営陣の姿勢と熱量こそが、現場を動かす大きなキーマンとしての役割を果たしました。

そして、私の方で全社員向けにDifyのラーニングコースを作成・展開し、実際に業務で使う方々の0→1をサポートしながら全社へ広げていきました。

野本さん: 年末の忙しい時期にもかかわらず、社員の皆が一生懸命受講してくれまして、結果として、3ヶ月間で全社員の90%以上が受講を完了するという素晴らしい成果に繋がりました。

合計1,500個のDifyアプリが実装されている

Q. 現場では実際にどのような活用がされているのでしょうか。具体的なアプリやユースケースを教えてください。

原口さん: 導入から約半年で、全社で生み出されたアプリの数は約1,500個に達しました。そのうち全社研修の一環で作られたものが約800個、残りの約700個は現場の業務の中から実際に生み出されたものです。想像以上に皆が活用してくれています。

活用のパターンとしては、「エージェントとの壁打ちやアドバイス」、「外部からの情報収集」、「自分が作った成果物のレビュー」などのカテゴリに分かれています。これらをチームごとに必要な観点やルールに合わせて組み立てています。

また、Difyにトリガー機能が備わったことで活用範囲が一気に広がりました。Slackのイベントを起点にしたワークフローや、Notion、GitHubなどと連携しながら、業務への適用が進んでいます。

野本さん: 具体的な事例を挙げると、HRでは全社で行うエンゲージメントサーベイのデータ分析のアプリケーションを実装しました。ワークフローにデータを投げ込むだけで、各部門のスコア状態や良い部分と改善点を自動でレポートしてくれます。
また、マーケティングチームのイベント集客業務では、毎日の集客データを読み込み、進捗状況とネクストアクションの示唆をSlackに自動レポートしてくれるような仕組みを裏側で動かしています。

Q. AI導入によって、定量的な成果や工数削減の効果はどのように表れていますか。

野本さん: 効果測定については、私たちも試行錯誤しました。当初は「年間の人件費の10%相当をAIで代替する」という目標を掲げていました。チャットを中心に取り組んでいた段階で、その半分程度まで達成したタイミングで、AI推進の行き詰まりを感じました。

というのも、コスト削減だけに目を向けると、投資対効果(ROI)の大きい業務ばかりを探すようになり、AIを適用する業務の選定に時間を要することが、AI推進スピードの足枷になっていました。そこで一度方針を転換し、コスト効率化ではなく、その手前の「業務カバレッジを広げ、活用事例を増やす」という目標に変更することにしました。

Difyの全社ラーニング受講完了率や、自分自身でのDify実装率といった指標を目標に掲げ、先ほど示したような結果が、全社にAIが浸透した1つの成果だと捉えています。

更なるAI活用推進のため、AIイネーブラーの育成とClaudeの全社検証導入を決定

Q. 推進の中で「このままだと難しい」と感じた瞬間はありましたか。

野本さん: Dify導入の際、全員にラーニングを受講してもらい、自分で作ってもらったものの、ワークフロー構築には技術的なリテラシーが必要で、慣れない人にとっては難易度が高いツールでもありました。そのため、全員が自力で構築し続けるのは限界があると感じました。

そこで1月から、2つの新しいステップに取り組んでいます。1つ目は「AIイネーブラー」というポジションの育成です。社内公募により、ツールを活用して業務改善を主導し、他者に教えられる人材を育てています。
2つ目は、「Claude」の全社検証導入です。Claudeはビジネスの文脈で活用するAIとして非常に優秀であり、Difyの構築を代替したり、Claudeと壁打ちしながら自作のアプリケーションを構築したりすることが可能です。MCPやプラグインでデータベースと繋がるClaudeを全社に導入することで、オンボーディングのコストを低く抑えながらAI活用ができる環境を作ろうとしています。

Q. 今後のAI活用の展望や、次に主軸を置く目標について教えてください。

野本さん: 組織としての展望は大きく2つあります。

1つ目は、先ほど触れたAIイネーブラーを通じて、各事業部が自律的にAIを活用する推進体制をどう両立させるかという、チェンジマネジメントの観点です。
2つ目は、Claudeというツールをどう活かすかです。これまでのチャットAIが生産性を1.2倍や1.3倍にするものだとすれば、タスクの組み立てに長けたClaudeは、自分の分身を2人、3人と増やしていくポテンシャルを秘めています。このレベルまで活用が進めば、非連続的な生産性の向上に繋がります。改めてROIとしての「生産性」に目を向け、次なるステップへ進みたいと考えています。

原口さん: 個人的な思いも含まれますが、現場の皆さんと接する中で、AIを浸透させる一番の近道は「体験」だと痛感しています。世の中の進化が早すぎるため、ニュースを見るだけでは自分の業務がどう変わるのか想像がつきません。だからこそ、私たちが0→1の部分に入り込み、今の業務でAIを使うアプローチを一緒に体験してもらう。これが草の根的に広がっていく鍵だと思っています。
これを続けていくと、AIを活用しやすいデータの持ち方や整理の仕方など、仕事の進め方自体が変わっていきます。この「AIフレンドリーな業務設計」を全社に広げていくことが、私たちチームの今後の大きなミッションです。

「AIを使う」から「AIで変える」へ──その実現を支える一貫した組織づくり

Q. 最後に読者に向けてPRしたいことや組織としての思いがあれば教えてください。

野本さん: 私たちナレッジワークは、現場で働く一人一人の仕事が変わるようにAXで支援している会社です。だからこそ、AIを最大限に活用して自分たち自身の仕事をAIで変革できる状態を作ることが非常に重要だと思っています。社内も社外も一貫した価値提供を実現しながら、これからも「AIを使う」から「AIで変える」への進化を、推し進めていきます。

×