プロンプト不要の独自AIポータル「My Buddy」で全社員をDXの主役に。SMBC日興証券が挑む、AI活用の浸透と人財成の全貌

生成AIの登場により、多くの企業がその活用方法を模索しています。しかし、大企業においては、全社的な活用の浸透やガバナンスの構築、そして社員のリテラシー向上といった課題に直面することも少なくありません。今回は、SMBC日興証券株式会社の佐々木さん、森田さん、山縣さんにインタビューを実施しました。経営陣の強力なリーダーシップのもとで進められた、全社的な生成AI活用の取り組みをはじめ、その鍵となった独自AIポータル「My Buddy」の開発秘話から、活用を支えるガバナンス体制、そして「デジタルトレーニー制度」に代表される人材育成まで、大企業におけるAI浸透のリアルな軌跡と成功の秘訣を伺いました。

経営陣のリーダーシップと「非構造化データ」への挑戦が、全社的なAI活用の号砲に

Q. なぜ生成AIの導入を始められたのでしょうか?また、どのような課題感があったのでしょうか?

佐々木さん: 生成AIが2022年10月頃に登場して間もない段階で、当社の経営陣から「これは使うか使わないかの議論ではなく、どう使っていくかを積極的に考えるべきだ」という強いメッセージが発信されました。それを受け、2023年4月からは経営陣自身が勉強会やオフサイトでの議論を重ね、生成AIへの理解を深めていきました。一方で、私たち社員側も同時進行で、この新しい技術をどのように業務やお客さまへのサービスに活かせるか、その解像度を上げる取り組みを開始しました。ワークショップ等を通じてアイデアを募った結果、初期的なものだけでも3,400ものユースケースが集まり、そこから優先的に進めるべき17の案件に絞り込んで各プロジェクトをスタートさせたのが、私たちのAI活用の始まりです。

私たち対面証券では、お客さまとの面談記録といったテキストベースの「非構造化データ」を重要な資産として大量に保有していました。しかし、生成AIが登場する以前は、テキスト解析技術を用いてさまざまな取り組みを行っても十分な成果が得られず、こうした膨大なデータを有効に活用しきれていないことが課題となっていました。そうした中で、生成AIが持つ、テキストを読み解き、要約や示唆を生成する能力は、まさにこの課題を解決する可能性を秘めていました。非構造化データを本格的に扱えるという見通しが立ったことが、私たちが生成AI活用を強力に推進する大きな動機となりました。

プロンプトスキルに依存しない独自AIポータル「My Buddy」で、誰もが使える環境を構築

Q. 3,400ものユースケースが集まった後、どのように社員の皆さまへAIを提供されたのでしょうか?

佐々木さん: 2023年の11月に、全社で導入しているTeams上で利用できるチャット形式の「NIKKO-AI」を先行リリースしました。チャット形式は一見便利に思えますが、その活用度合いが社員一人ひとりのプロンプトスキルに大きく依存してしまうという課題が見えてきました。具体的な活用方法が分からず、十分に使いこなせていない社員も多くいたのが実情でした。そこで、私たちはもう一つのツールの開発に着手し、2024年4月に全社AIポータルとして「My Buddy」をリリースしました。この「My Buddy」は、プロンプトスキルが高くない社員でも簡単に使えることを目指し、機能別に入り口を分けています。ユーザーが目的の機能を選び、ボタンを操作していくだけでAIの出力を得られる、いわばプロンプトを裏側にプリセットした形で提供しています。例えば最も利用頻度の高い議事録機能では、Teamsの書き起こしデータをアップロードするだけで、単なる要約だけでなく、ネクストアクションや未解決事項まで整理された結果が表示されます。これにより、社員が一からプロンプトを習得する必要がなく、利用開始時の心理的・操作的なハードルを下げることができ、スムーズな立ち上がりにつながったと考えています。

「守る側」もプロジェクトの一員に。既存ルールとの融合で実現した、スピーディーで柔軟なガイドライン策定

Q. 生成AIの利用におけるガイドラインや社内方針は、どのように策定されたのでしょうか?

森田さん: 当社は三井住友フィナンシャルグループの一員ですので、グループとしてのルールも遵守する必要があります。通常、大企業でこうした新しい技術を導入する際はガバナンスの策定に苦戦しがちですが、当社では非常に早い段階で経営層をはじめ、コンプライアンス部門やシステムセキュリティを統括する部署等を巻き込んだ、ワンストップで相談できる推進体制を構築できたことが大きな後押しとなりました。特筆すべきは、一般的に「守る側」と見られがちな部門が単なるブレーキ役になるのではなく、同じプロジェクトの一員として「こうすれば安全に使えるのではないか」と前向きに議論に参加してくれた点です。彼らもワークショップ等を通じて生成AIの効用とリスクを深く理解していた下地があったからこそ、迅速なガイドライン策定が可能になりました。

また、私たちは生成AIに関しても、既存のガバナンスの枠組みを基本とし、「お客さまに伝えてはいけない情報」や「AIの出力を鵜呑みにせず人が最終確認する」といった、既存の社内ルールでカバーできる部分はそのまま活かす方針を取りました。生成AIだからといって過度に保守的になるのではなく、既存のルール体系と柔軟に組み合わせることで、リスクを適切に管理しつつ、活用の自由度も担保するバランスの取れたガイドラインをスピーディーに作ることができたと考えています。

全社共通業務から専門業務まで。年間数万時間の削減効果と、社員のAIへの解像度向上

Q. 実際に「My Buddy」は、現場でどのように活用され、どのような成果が生まれていますか?

佐々木さん: 最もよく使われているのは、議事録作成や文章の校正、要約、翻訳といった、部署を問わない全社共通の業務です。それに加えて、開発担当者がコード作成に活用したりするなど、職種に応じた専門的な用途も広がっています。少しユニークな取り組みとして、自身のプロンプト作成能力をゲーム感覚で試せる「プロンプトエンジニアリング検定」という機能も提供しており、多くの社員が腕試しをしています。

効果としては、まず定量的な面で、「NIKKO-AI」と「My Buddy」の活用により、年間で数万時間もの業務時間削減効果が確認されています。そして定性的な効果として非常に大きかったのが、社員の中で「AIでできること」の解像度が格段に上がったことです。プロンプトスキルに依存したチャット形式だけではイメージしにくかった生成AIの活用可能性についても、「My Buddy」に具体的な機能として実装されたことで、「こういうこともできるのではないか」と、現場から新たなアイデアが次々と生まれる好循環が生まれています。実際に、ある部署では社員が自ら生成AIを駆使して、自分たちの部署で使うイントラサイトを内製で刷新するといった、自立的なDXの動きも加速してきており、大変嬉しく感じています。

現業から一時的に離れて集中育成。「デジタルトレーニー制度」で、全社員のスキルアップを強力に後押し

Q. 活用率を上げるために、特に力を入れた施策はありますか?

山縣さん: いかに便利なツールを提供しても、それを使う社員側のリテラシーが伴わなければ活用は進みません。そこで私たちは、デジタル技術を業務に活用できる人材の育成に特に力を入れています。まず、全社員向けに本社業務や営業店の業務それぞれのユースケースに特化した勉強会を定期的に開催しています。また、若手社員には早い段階からAIを使いこなしてほしいため、年次研修にも同様のプログラムを組み込んでいます。

そして、私たちの育成施策の中でも特に特徴的なのが、2024年から開始した「デジタルトレーニー制度」です。これは、日常の業務を担いながら片手間で研修を受けるのではなく、選抜された社員が一時的に元の部署から離れ、私たちのデジタル戦略部に所属してデジタルスキルの習得に集中するというものです。期間は個々の習熟度や育成テーマに応じて異なりますが、プロンプトエンジニアリングのような特定スキルの習得から、プロジェクトマネージャーやデータサイエンティストといった高度専門人材の育成まで行っています。制度として業務時間内に学習時間をしっかりと確保し、会社がバックアップすることで、社員が安心してスキルアップに挑戦できる土壌を整備しました。この徹底した育成体制こそが、高い活用率と大きな成果を生み出す原動力になっていると確信しています。

AIを業務プロセスに“埋め込む”。「Embedded AI」で、人とAIの新たな協業スタイルを目指す

Q. 今後の展望についてお聞かせください。

佐々木さん: 今後のテーマは、当社のコア業務、例えばリテール部門におけるお客さまへの提案プロセス全体に、いかに生成AIを組み込んでいくかだと考えています。これまでは業務の一部を切り出してAIに任せるという発想でしたが、これからは、お客さま一人ひとりへのご提案における構想の段階でAIから示唆を受け、提案内容についてもAIと壁打ちしながら練り上げる等、AIを業務のパートナーとしてプロセス全体に浸透させていくことを目指しています。

私たちが掲げているキーワードは「Embedded」、つまり業務プロセスの中にAIを「埋め込む」ことです。社員が「My Buddy」のような特定のサイトにアクセスしてAIと対話するだけでなく、普段使っている既存のシステムやツールの中にAIが自然に存在し、そこから当たり前のように示唆を受けながら仕事を進めていく。そんな、人とAIの新たな協業スタイルを実現するために、私たちは活動を始めています。

AI時代を勝ち抜くために。社員一人ひとりの価値を最大化する挑戦

Q. 最後に、メッセージをお願いします。

佐々木さん: AIの活用が、業務の高度化や競争優位の確立において欠かせない要素となりつつあります。AIと人間の役割分担が進む中で、課題発見力やリーダーシップといった、人間ならではの価値がより一層際立ってくるでしょう。私たちはAIを使いこなすスキルだけでなく、そうした人間的な能力をAIも活用しながら引き上げていく育成にも力を入れていきたいと考えています。

森田さん: これまでAIのデザインはプログラミングができる一部の人材の専門領域でしたが、今後は、業務フローをデザインするように、誰もがAIをデザインできる時代になっていくと感じています。当社では既に、コンプライアンス部門の社員がPythonが書けるようになる等、部門の垣根を越えた動きが生まれています。こうした多様なバックグラウンドを持つ人材とともに、新しいAIをデザインできるチームを育てていきたいです。

山縣さん: AIの進化に伴い、それを活用して業務変革を推進できる人材の重要性は増すばかりです。デジタルトレーニー制度による内部人材の育成をさらに強化すると同時に、外部の専門家も積極的に採用し、社内外の知見を融合させながら、会社全体の変革を加速させていきたいと考えています。

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