記録コスト75%削減。訪問介護の現場で本当に使われるAIツールの設計思想

訪問介護や看護の現場でAIを導入したいが、「ITに不慣れなスタッフが使いこなせるか不安」と導入に踏み切れずにいませんか?

株式会社ENBASEの「スタンドLM」は、ケア中の会話を録音・AI解析し、法定の看護記録などを自動作成するサービスです。本記事では、記録コスト75%削減という圧倒的な成果を生み出した同社の開発背景や、60代のスタッフでも迷わず使える「精度・スピード・コスト」を追求したUI設計、そして多職種連携を支える今後の展望について、マーケティング担当の日下さんに伺いました。

非デスクワーカーの領域にこそ、音声データによるマネジメントが必要

Q. まずは自己紹介と、貴社の事業内容について教えてください。

日下さん: 株式会社ENBASEでマーケティングを担当しております、日下と申します。もともと私たちはコールセンター事業や、その周辺のシステム開発を行ってきたメンバーで創業した会社です。システムを使ってどのようにオペレーションを改善していくかを一つのテーマとしています。その中で昨年(2025年)の6月に「スタンドLM」というサービスを発表しました。AIなどのテクノロジーはデスクワーカーの領域で先行しており、非デスクワーカーの領域ではなかなか進んでいません。私たちはその非デスクワーカー領域の改善を目的として、このサービスを開発しました。

Q. 「スタンドLM」はどのようなプロダクトなのでしょうか?

日下さん: 会話から記録を自動的に作成するAIアシスタントです。主なお客様は訪問看護、介護、ケアマネジャーの方々です。現状、訪問介護などの現場では、訪問してケアを行った後に電子カルテなどへ記録を残さなければならず、移動中などに入力する作業が大きな負担になっています。私たちのサービスは、訪問中のケアにおける会話自体を録音し、AIが自動解析して法定の看護記録などのフォーマットを自動的に作成します。また、会話データには情報が詰まっているため、利用者や患者さんの体調の変化、スタッフのケアが適切であったか、さらにはハラスメントの有無などを多角的に分析できます。これにより、管理業務自体の効率化にもつながるサービスとなっています。ちなみに、画面上にいるキツネのキャラクターは「この子が記録を取ってくれている」というAIアシスタントの世界観を伝えるために配置しています。

Q. このプロダクトを開発された背景や、解決したかった課題について教えてください。

日下さん: 私たちの土台であるコールセンター事業では、録音をして定量的なデータを取得し、それをもとにオペレーターをマネジメントしていくのが当たり前です。しかし、このアプローチがコールセンター以外の業界では意外と実践されていないことに気づきました。特に看護や介護、ケアマネジャーの領域は、将来的にベッド数が足りなくなり在宅医療が増え続ける一方で、深刻な人手不足に陥っています。さらに、構造的にITを導入しづらいという課題も抱えています。まずはこの課題の多い領域にチャレンジし、しっかりと改善を図ることで社会的な意義を果たしつつ、私たち自身にもAI運用のノウハウが蓄積されていくと考えました。最終的には他の業界も含めて展開していきたいと考えています。

「精度・スピード・コスト」の追求と、60代でも使えるシンプルなUI設計

Q. プロダクトを現場の業務にスムーズに落とし込んでもらうために、UI/UXなどで特に工夫されているポイントはありますか?

日下さん: 大きく3つのポイントを意識しています。1つ目は、UIを徹底的にシンプルにすることです。現場では60代の方々も働いていらっしゃるため、彼らにとって複雑なUIにしてしまうと、それだけで挫折する要因になってしまいます。

2つ目は、精度だけでなく「コストとスピード」のバランスを担保することです。訪問中に記録を取るということは、スタッフは移動中の限られた時間で内容を確認したいということです。「1時間後にデータが完成します」では役に立ちません。ほぼ1〜2分で確認を終えて次の方のところへ移動したいわけですから、移動時間の使い方が非常に重要です。月に100件以上訪問することもあるため、単に高性能で高コストなAIモデルを使えばいいというわけでもありません。コストとスピードを抑えつつ、しっかりと精度を出していく点に力を入れています。

3つ目は、システム設定の「柔軟性」です。業界全体で一つの記録の書き方に統一できれば開発側としてはありがたいのですが、実際は事業所によって書き方が異なりますし、極端な話、同じ事業所でも看護師の方によって書き方が違ったりします。一つのやり方に集約するアプローチをとってしまうと、普段の業務で使える満足度の高いものにはなりません。いかにシンプルさを保ちながら、現場ごとの柔軟性を担保していくか。そのバランスには非常に気を配っています。

現場の正解データから専門用語を学習する「多段的処理」の強み

Q. 介護や看護の現場で使われる専門用語を正確に識別し、レポートにまとめるための技術的な工夫について教えてください。

日下さん: 精度を担保する上で重要なのは、多段的に処理を行うことです。文字起こしのパートだけで100点を目指すのは現状では難しく、それをやろうとするとコストとスピードの問題に直面します。そのため、文字起こしをした後にLLMで解析するパートを分けるという構造自体がまず大切です。

専門用語の対応についても、一般的には他業界から入って辞書を作るアプローチが多いと思いますが、それだとどのような辞書を作ればいいかがクリアになりません。現状の技術でも専門用語はある程度カバーできる面があるので、うまくいく専門用語とそうでないものをしっかり分けないと、無駄なコストを消費してしまいます。私たちは導入いただいている企業や業務提携している訪問看護ステーションの方々から、「実際に現場でどのように記録を書いているのか」という正解データをしっかりと提供していただき、それを踏まえて辞書を作成するというアプローチをとっています。まずは現場から正解データを取ることを強く意識して開発しています。

Q. 介護や医療のDX領域には様々なツールが存在しますが、その中での貴社の競合優位性はどこにあるのでしょうか?

日下さん: 私たちのユニークな点は、「会話からレポートを作る」というアプローチです。単なる音声入力ツールはありますが、現場の会話データそのものを取得して処理するツールは、日本にはほとんどありません。医師の診察会話を記録するサービスなどはありますが、それはあくまで医師個人のためのものであり、マネジメントの観点やケアの評価といった要素は含まれていません。私たちは会話データをベースに、現場の見える化やスタッフのマネジメントも含めてサポートしているため、非常にユニークなポジションを築けていると考えています。

Q. 最近ではヘルスケアに特化したAIモデルなども登場していますが、そうした特化モデルによって業界のAI活用はさらに進むとお考えですか?

日下さん: 進む面と、それだけでは進まない面の両方があると思っています。例えば、医療行為の記録などには法律や制度的な壁があるため、そこを突破しないと現状の病院では使えません。

また、制度面以外の課題として、いかに「コンテキスト(背景情報)」をAIに手間なく渡せるかが重要になります。いくら優れた特化モデルでも、少ない情報だけで判断させることはできません。私たちの場合、会話データに加えて、看護計画書などのデータも一緒にAIに読み込ませています。計画書には利用者さんごとの目標や課題がすでに設定されているため、それに基づいて記録を作ることで正しい判断ができるようになります。優れたモデルが登場しても、このコンテキストを渡す仕組みが同時に進歩していかないと、現場の皆さんが使える状態にはならないと感じています。

記録コスト75%削減。現場の効率化から管理者の「見える化」へ

Q. 実際にプロダクトを導入された事業者様では、どのような成果や定量的な効果が出ているのでしょうか?

日下さん: 定量的なデータとしては、日々の記録にかかるコストが約75%下がっています。また、何かトラブルになりそうなことがあった際の事実確認のコストについても、約80%削減できているという結果が出ています。

導入の最大のきっかけは、毎日移動中に書かなければならない記録業務の負担を減らしたいという点にあります。そこが効率化されることで導入を決めていただくケースがほとんどです。

Q. 現場で活用されているお客様からは、具体的にどのようなお声が届いていますか?

日下さん: 導入後に多くのお客様が気づかれるのが、「管理業務にとっても非常に良い」という点です。最初は記録の効率化が目的でも、レポートが上がってくることで、管理者が現場の状況をしっかりと把握できるようになる「見える化」の効果が高く評価されています。

また、トラブルの予防につながっているというお声もいただきます。私たちのシステムはトラブルの検知も可能ですが、そもそもシステムが導入されていること自体が、スタッフと利用者双方にとって気を付けるきっかけになり、予防効果を生んでいるようです。

多職種連携を支えるインフラへ。介護・医療業界全体の課題解決を目指す

Q. 今後、「スタンドLM」の機能をどのように拡充し、展開していきたいとお考えですか?

日下さん: まずは、会話からどれだけ質の高いレポートを作れるかという点をもっと深掘りしていきたいです。HR的な分析など、まだやれる余地は広く残されています。

また、レポートには法律や役職に応じた様々なフォーマットが存在するため、そこへの対応も進めています。最近では2月末にケアマネジャーさん向けの対応も開始しました。ただ、これらは主に現場スタッフの効率化にとどまります。今後は、管理者の方々への貢献をさらに強化していきたいです。今後は管理者の業務効率化やサービスの品質向上、そして最終的にはそれが1周回って事業所の採用力向上につながるようなプロダクトへと進化させていくつもりです。

Q. 現在は訪問看護が中心とのことですが、通所介護や老人ホームなど、他の領域へ広げていく構想もあるのでしょうか?

日下さん: はい。介護業界は様々な役割分担で成り立っており、一人の利用者さんに対して複数の職種が連携してケアを行っています。そのため、「情報連携」が大きな課題になっています。私たちは訪問看護からスタートしましたが、少しずつ対象を広げ、多職種連携の情報共有をサポートしていきたいと考えています。

また、施設介護の領域でも、今後外国人スタッフが増えていく中で「どのようにマネジメントしていくか」といった新たな課題が生まれてきます。業界全体でニーズが増える一方で人手不足が加速し、管理の問題がどんどん浮き彫りになっていくため、そのあたりを幅広くサポートしていけたらと思っています。

Q. 最後に、読者の方へお伝えしたいメッセージがあればお願いします。
日下さん: 私たちは、介護・医療という社会にとって非常に重要なテーマの解決に取り組ませていただいています。この業界には高い志を持った企業様がたくさんありますが、事業所の規模が小さかったり、職員の年齢層が高かったりと様々な課題があり、IT導入がなかなか進んでいない現実もあります。
私たち一社の力だけで業界を変えようとするのではなく、皆で力を合わせて良いものに変えていくことが何より大切だと思っています。「一緒にこういうことをやりたい」といったご相談があれば、ぜひお声がけいただけると嬉しいです。

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