AIツールを導入しても現場が使いこなせず定着しない、あるいは単体のチャットボットでは実際の業務にどう組み込めばいいか分からない―そんな悩みを抱えていませんか?
イタンジ株式会社は、不動産賃貸管理会社向けに、入居者様からの問い合わせに対する返信文をAIが自動作成する機能を開発しました。単なる一問一答のチャットボットではなく、顧客の過去の対応履歴や不動産固有の専門知識を考慮し、既存の業務システムに直接組み込んでいるのが最大の特徴です。
本記事では、AI活用の第一歩として「下書き作成」から始める現場定着の工夫や、類似サービスとの決定的な違い、そして今後のAIエージェント化の展望について、同社執行役員の中村さんに伺いました。
不動産管理における「非定型業務」の課題をAIで解決する
Q. まずは、貴社の事業内容と中村さんのご担当領域について教えてください。
中村さん: イタンジは、賃貸管理や仲介、売買まで、不動産取引をDXするサービスを手広く提供しています。いくつかの領域に分かれている中で、私は賃貸管理会社に向けたサービス部門の責任者を務めております。
Q. 開発されたAIプロダクトの概要と、その背景にある課題意識について教えてください。
中村さん: いわゆる基幹システムは、データを管理する箱としての側面が強いですが、私たちはそれを「業務を動かせるシステム」にしていこうというスローガンを掲げています。不動産会社の業務には手順を標準化して再現性を高めやすい「定型業務」と、ベテランの知見として個人に蓄積され、ブラックボックス化しやすい「非定型業務」があると思います。
非定型業務には、オーナー様や入居者様に納得していただくためのコミュニケーションの作法や、物件・エリアに固有のナレッジなどが含まれます。我々のサービスの価値は、正しいデータを用いて最適な意思決定やコミュニケーションを実現することにあります。
特にLLMやAIが活きるのが、この非定型業務の部分です。私たちが保持している物件データなど、不動産業界固有のデータを踏まえた上で、意思決定の品質を上げていく。そういった価値をAIを通じて提供したいと考えています。
過去の履歴や固有データを加味し、入居者対応の「下書き」を自動生成
Q. 具体的に、プロダクトのどの部分でAIを活用しているのでしょうか?
中村さん: 賃貸管理会社に向けた、賃貸管理の業務支援サービス「ITANDI 賃貸管理」に、入居中に発生する業務を管理するシステムがあります。その中の、入居者様がログインするマイページの機能から「騒音が発生している」「漏水が起きた」といった問い合わせを管理会社に送ることができます。このマイページに届いたチャットに対し、「AI入居者対応支援機能」によって、AIで返信の下書き文を作成することができます。
この機能は、これまでの対応履歴や物件情報に加え、私たちが持つ不動産固有の知識を織り込んだ上で回答を作成します。問い合わせ対応という機能自体は一般的なものに見えるかもしれませんが、これには狙いがあります。不動産業界の、IT活用をこれから進める組織にとってこの機能は、AIを活用していくにあたり、非常にイメージしやすくシンプルな最初のステップになるからです。

Q. 入居者ごとの過去の文脈を考慮して適切な回答を作成するために、技術的にどのような工夫をされていますか?
中村さん: 単純にRAGを使っているというよりは、プロンプトの中に管理会社固有のコンテキストを深く組み込んでいるのが特徴です。
その上で、プロンプト内にいくつかの「ガードレール」を敷いています。例えば、確認が必要なものに関しては一次対応にとどめる、あるいはお客様への対応にあたってまずは必要な情報を収集しに行くようにプロンプトを調整しています。極力、情報収集をうまくやるように設計し、間違った回答をしない仕組みにしています。
類似サービスとの違いは「業務フローへの組み込み」によるUXの高さ
Q. 汎用的なAIと比べて、このプロダクトの強みや決定的な違いはどこにあるのでしょうか?
中村さん: AIで一次応答をした後には、当然ながら社内的な手続きが発生します。例えば騒音のクレームであれば、オーナー様に確認をした上で、入居者様に再度必要な情報を伝えていくなど、社内外のコミュニケーションフローを調整しながら進める必要があります。
単に一問一答でAIを使うだけでなく、こうした一連の定型業務を進めるフローと組み合わせることで、最大限の効果を発揮できるのが私たちの強みです。
「ChatGPTに聞けばいいのでは」と言われることもありますが、SaaSからデータをコピー&ペーストしてChatGPTに貼り付ける作業は手間がかかり、体験として良くありませんし、エラーが発生する可能性もあります。業務を進めるためのシステム、ワークフローの中にAIがきちんと組み込まれていることによって、UXが飛躍的に高まるのだと、お客様への提供を通じて実感しています。
心理的ハードルを下げる「下書き」機能がもたらした対応品質の底上げ
Q. 実際に導入されている企業では、どのような課題が解決され、どのような成果が出ていますか?
中村さん: 最も多いのが入居者様同士の騒音トラブルです。この一次対応や、「どの程度のレベルの騒音なのか」といった入居者へのヒアリングをAIに任せることができます。
また、管理会社様からよく伺うのは、新入社員のビジネスマナーに関する課題です。新人の方が入居者様からの問い合わせに対し、適切な敬語が使えていなかったり、少し失礼な言葉遣いをしてしまったりするケースがありました。
「AI入居者対応支援機能」では、経験年数や個人のスキルに左右されず、正しい文体で適切な応対ができるようになります。結果として、管理会社様の入居者様に向けたサービス品質を一定に担保し、入居者様からの信頼獲得や満足度向上につながっています。
Q. AIの活用に不慣れな企業に対して、現場で使いこなしてもらうための工夫や支援はありますか?
中村さん: AIに丸投げして自動で返信するのではなく、あえて「下書きの生成」にしたことが大きな工夫です。「ITは不安だ」「電子メールをどう扱えばいいのか」と戸惑ったインターネット黎明期は、現在のAIに対する戸惑いと重なります。だからこそ、ワンクッション置いて下書きを生成するプロセスを挟むことで、心理的な抵抗を抑えられました。
実際は、下書きを最低限の修正でそのまま送信していただいているケースも多いです。ゼロベースで考える負担を省き、下書きを一度作った上で添削することで効率化になりますし、商談においても「まずはここからAI活用を始めてみませんか」とご案内しやすく、導入の第一歩として非常に有効だと感じています。
半自動のAIエージェント化と異常検知による業務品質の向上を目指して
Q. 今後、AI機能をどのように進化させ、プロダクト全体としてどのような展開を考えていますか?
中村さん: 現在は、管理会社の使い方を洗練していくためのデータ収集フェーズだと位置づけています。最終的にはAIエージェントが実際に動き、定型質問に関しては半自動で対応し、必要に応じて担当者の承認を得て回答していく形を目指しています。
例えば「トイレから水漏れした」という断片的な問い合わせが来た際、少量の水漏れなのか、すぐに行かないとまずいレベルなのか、実際に見ないと判断できないことが多くあります。これをAIが入居者様とコミュニケーションしながら事前に情報を収集できれば、一度現地に確認しに行く移動コストを削減し、1ターンで修繕業者を手配できるようになります。こうした手配の手間削減や効率化をより進めていきます。
さらに高度なコミュニケーションとして、工事が発生した際に見積もりの根拠や妥当性をご説明する部分などにも対応していきたいです。また、業務のミスを防ぐための「内部データの誤登録検知」のような異常検知機能も考えています。普段の業務パターンから外れた使い方をした場合にAIが訂正を求めるなど、これまでのルールベースでは掴みにくかった部分で業務の正確性を上げる価値を提供できると考えています。
Q. 最後に、読者の方々に向けてメッセージをお願いします。
中村さん: 昨今「SaaS is dead」と言われることもありますが、私たちは生き残れるサービスを作っていると自負しています。
表面的なユースケースにとどまるのではなく、お客様の業務プロセスや、本質的な提供価値に対してどういうバリューを発揮すべきなのかをしっかりと考え、そこに対してプロダクトを提供しています。業界の構造的な課題解決に携わることで、自身の人材価値も高められる環境だと考えています。