ゲスト
ディフュージョンモデルを捨てる決断から社外を巻き込むDXへ導いた!
株式会社スタッコ 代表 甘竹さん
ITコンサルタントのバックグラウンドを持ち、自ら開発を牽引。
株式会社スタッコはヨーロッパから左官材を輸入し、施工までを行っている。
既存の画像生成AIの活用も検討したが、「毎回違う画像が生成される」という実務上の大きな壁に直面し、独自の3Dシミュレーター開発へと方針を転換した。

この事例のポイント
- 質感や色が伝わらずサンプルを作り直す無駄打ちが発生するという課題を解決する方法:左官材の質感を伝える独自の3Dシミュレーターを開発し、手戻りや材料費を約半分に削減
- 画像生成AIでは物理的な特性を再現しきれないという課題を解決する方法:ディフュージョンモデルを諦め、奥行き推定AIと物理ベースレンダリング(PBR)を組み合わせるアプローチへ転換
- 重い奥行き推定AIを動かすインフラ構築の課題を解決する方法:AWS管理を避け、ModalにデプロイしてPythonを動かし、Firebaseで進捗を確認するアーキテクチャを構築
- 業界全体のDXが進まないという課題を解決する方法:利益度外視で自作のシステムを同業他社へ無償に近い形で導入支援し、建築業界全体の底上げを図る方針を掲げた
サンプル作成の手戻りや材料費が約半分に。埋もれていた素材の引き合いも増加

Q. システムを導入して以降、定量的なコスト削減や、現場の変化はありましたか。
A. サンプルの手戻りや材料費を約半分に削減し、シミュレーターを通じて新たな素材の引き合いを獲得
甘竹さん: 定量的な効果としては、今のところ手戻りや材料費が約半分になっています。サンプルの無駄打ちが確実になくなってきました。
さらに思わぬ副産物として、これまであまり使われていなかった材料の引き合いが増えました。設計事務所や工務店のお客様がシミュレーターを触る中で、「予定していなかったけれど、この製品もいいよね」と新しい素材を見つけてくださるようになったのです。単なるコスト削減にとどまらず、営業ツールとしての収穫がありました。
お客様からも「送られてきたサンプルが3Dの質感と大差なく信頼できる」という声をいただいています。建築業界でも世代交代が盛んに進んでおり、こうしたITツールがあるかどうかで距離感が大きく変わってきます。「3Dで見るとこんなイメージですが、もっと金属調を強めることはできますか」といった、シミュレーション結果を土台としたコミュニケーションが今では盛んに行われるようになりました。一度作ってしまうと「こういうシステムは当然あるべきだよね」という前提で話が進むようになっています。

独自の3Dシミュレーターのワークフローをどのように構築したのか

Q. ディフュージョンモデルを避けた結果、どのようなワークフローで実用的なシミュレーションを実現したのでしょうか。
A. 深度推定AIで画像を3D化し、ModalとFirebaseを用いてPBRマテリアルを当てはめてレンダリングするフローを構築
甘竹さん: 今回開発し、特許も申請しているのは、ユーザーがアップロードした任意の空間画像を一度3D空間に変換するという仕組みです。ユーザーが空間画像をアップロードするとセグメンテーションが走り、天井や壁をマスクで指定できるようになります。
その対象の壁に対して、PBR(Physically Based Rendering/物理ベースレンダリング)の物理特性を持ったデータを当てはめ、照明なども推定した上で、一度3D空間でレンダリングを行います。その結果をもとに、指定した部分だけを再度二次元に持ってきてはめ込むというワークフローを組みました。単なる画像のはめ込みではなく、例えばダウンライトの光が当たっている状態なら、その素材が持つ金属味のある光り方まで物理データをもとに再現できるのが最大の売りです。
また、3Dモデラーに依頼して作成したプリセットのバーチャル空間も用意しており、螺旋階段などの空間で高品質なレンダリングを簡単な操作で実行できるようにしています。当然、色味の変更も自由に行えます。シミュレーションで色味を確認した後は、そのまま問い合わせフォームに進み、指定した内容で職人が実際にサンプルを作成してお客様の手元に届くという流れを実現し、自社の業務改革を成し遂げました。
システムのインフラ部分については、自社でAWSのEC2を立ててサーバーを管理するような仕組みは設けず、WebサーバーにはFirebase Hostingなどを使用しています。今回使用している技術の肝となる部分は「深度推定AI」です。1枚の写真からピクセルごとにカメラから何メートルの深度かを推論させ、それをもとに3D化するという手法を取っています。
ただ、このモデルをサーバー上で動かすには、NVIDIAのA100のようなコンシューマー向けではないエンタープライズ向けのGPUが必要になり、かなりのリソースがかかります。そのため、「Modal」というサービスにデプロイしてPythonを動かしています。奥行き推定から3Dモデルの変更、PBRの適用という一連のワークフローをModalのモデル側で処理し、Firebaseで進捗状況を確認しながらユーザーに返すというアーキテクチャになっています。
実務で求める100%の精度に達しない壁を、どのように乗り越えたのか

Q. 今回のソリューションを開発された背景や、既存のAIを使わず独自のアプローチをとった理由、ぶつかった壁について教えてください。
A. 出力ブレが起きるディフュージョンモデルを諦め、Three.jsとPBRを用いた物理ベースのレンダリングへ方針を転換
甘竹さん: スタッコはヨーロッパから左官材を輸入し、施工までを行っています。例えば「ベネチアーノ」などの仕上げには様々な種類があるのですが、これまでは二次元の画像や施工事例でしか商品の魅力を訴求できませんでした。お客様に写真を見ていただき、色や仕上げを指定してサンプルを請求していただき、うちの職人が手作りしたものを送って工事が決まるという流れです。
しかし、例えば同じ青色でも様々な種類があり、ツヤ感やテクスチャーの大きさなどがなかなか一発では決まりません。何度もサンプル請求とやり直しを繰り返し、ようやく工事にこぎつける状態でした。職人がすべて手作りしているため、何回も無駄打ちが発生すると、こちら側のリソースも材料費も余計にかかってしまうという大きな課題がありました。
よく「Midjourneyなどの画像生成AIを使って、参照画像から生成した方が手っ取り早かったのではないか」というご意見もいただきます。私自身、昔からStable Diffusionをよく使っており、Stability AIの方とも会話してきたので、そのアプローチも検討しました。
しかし、画像生成AIの主流であるディフュージョンモデルでは、100回生成すると100回とも微妙に違う画像が出てきてしまいます。金属感や反射、凸凹具合を毎度100%再現できるわけではないのです。実務で使うためには、実際の光の反射具合などの物性を正確にシミュレーションできる仕組みが必要だったため、ディフュージョンモデルのアプローチは諦めることにしました。
そこで、PBRを採用しました。PBRはベースカラーやラフネスなど複数のテクスチャマップを使い、光の反射や凹凸、金属感といった質感を物理的なパラメータとして扱うレンダリング手法です。ブラウザ上ではThree.jsを用いて素材や空間を確認できるようにし、さらに高品質なレンダリングでは、3D空間上でPBRマテリアルを適用して光の当たり方や反射の見え方をシミュレーションしています。

今後の展望:自社システムを無償提供し、日本の職人が世界で活躍するDXを支援する
Q. 今後はこのプロダクトをどのように展開していく予定でしょうか。会社全体として目指していきたい方向性もお聞かせください。
甘竹さん: 現在、工務店や材料メーカーの社長さんたちから「うちでもこのシステムを入れたい」という引き合いをいくつかいただいています。私としては、システムを外販してお金を稼ごうという考えはあまりありません。お客様が知る手段のなかった材料を身近に感じてもらい、実際の工事につながっていく方が嬉しいのです。
そのため、「無償で導入する」と周囲には言っています。私が作ったシステムをそのまま導入したいという会社があれば、ほとんど無償に近い形でコンサルティングから実装までやってあげようと考えています。
一仕上げ業者として、IT技術を使って自社の製品を遠く離れた人にも伝えられる時代になったからこそ、これをどんどん広めていきたいのです。同じような規模の工務店さんやメーカーさんが自社商品をアピールできるようになり、建築業界自体のDXが進めば、日本の経済も底上げされていくと信じています。
野望や夢になりますが、日本人の勤勉さや品質に対する強いこだわりは、世界的に見ても非常に稀なものだと感じています。私自身、ITの分野で様々な国の人たちと300人規模のプロジェクトを経験してきましたが、一つのことに集中して技術を研鑽していく職人たちの姿勢は本当に素晴らしいものです。
一方で、現在は円安の影響もあり、日本の労働力が買い叩かれてしまうような厳しい立場にもあります。少子高齢化で人は減っていきますが、こうしたDXの取り組みを重ねることで、ゆくゆくは海外進出を果たしたいと考えています。ITをまず足がかりにして、日本の職人が海外の現場で活躍できるような未来に繋げていきたいですね。
会社の規模は関係なく、同じ建築業界で小さなDXや独自のシステム開発を進めたいと考えている方がいれば、IT技術を提供しながら共に工事を進めるパートナーとしていつでも相談に乗りたいと思っています。同じ建築業界ならではの分かる部分もあると思うので、Win-Winの関係で協力できる仲間を募集しています。