業務時間の2割を奪う”言語の壁”を打破。翻訳コスト37%削減を実現したDeepL音声翻訳の全貌

多言語での会議が増える中、言語の壁によって参加者の意見が十分に吸い上げられず、意思決定の遅れやビジネスの機会損失が生じている——そんな悩みを抱えていませんか?

本記事で紹介するDeepLのリアルタイム音声翻訳サービス「DeepL Voice」の「Voice-to-Voice」機能は、会議参加者同士が母国語で話し、相手の発言も母国語で音声再生する画期的なツールです。先行して提供されている音声を字幕表示する機能では、大手メーカーにおいて翻訳関連コストを37%削減するという目覚ましい成果を生み出しています。また、EUの厳格なプライバシー基準(GDPR)に準拠し、自社の機密情報がAIの学習データとして利用されないセキュアな設計や、業界特有の専門用語を登録できる用語集機能による圧倒的な翻訳精度も、多くの企業から支持される理由です。

本記事では、新機能開発の背景にあったビジネス現場のリアルな課題意識、他ツールとの決定的な違い、そして誰もがポテンシャルを発揮できる世界を目指す同社の今後の展望について、DeepLの石井さんにお話を伺いました。

「どんな言語であっても、母国語で会話できる」Voice-to-Voice機能の概要

Q. 今回発表された音声翻訳機能の概要と、対応言語などの詳細について教えてください。

石井さん: 今回発表した機能の核となるのは、会議の参加者が、それぞれの母国語で話し、相手の発言も母国語で聞くことができる「Voice-to-Voice」機能です。スケジュールとしては、オンライン会議向け音声翻訳サービス「Voice for Meetings」での「Voice-to-Voice」の早期アクセス募集を4月16日から開始しました。6月から順次利用開始の予定です。また、対面での会話における音声翻訳サービスDeepL for Conversationsでは4月16日から、複数のユーザー向けの「Group Conversations」は4月30日から、「Voice-to-Voice」機能の提供を開始しました。

さらに、自社でシステムを開発されている企業様向けにAPIも用意しています。これまで提供していたテキスト翻訳に加えて、今回の音声翻訳機能もAPIで提供しているため、他社の製品やシステムに組み込んで活用いただくことも可能です。

対応言語のカバレッジとしては、英語やEUの公式言語24言語に加えて、現在経済成長が著しくニーズの高いアジアの主要言語(日本語、韓国語、中国語、タイ語、ベトナム語など)を網羅しており、合計40言語以上に対応しています。

失注を防ぐ。業務時間の2割を占める言語の壁をなくすための開発背景

Q. 本機能を開発しようと考えた背景や、解決したい市場・顧客の課題についてお聞かせください。

石井さん: もともと弊社は、テキスト翻訳やファイル翻訳の分野で一日の長がありました。単に正確に訳すだけでなく、細かいニュアンスを汲み取ったり、日本語の「です・ます調(敬体)」と「だ・である調(常体)」を訳し分けたり、英語の「Bank」が「銀行」なのか「川岸」なのか、あるいは日本語でも「Chopsticks(箸)」と「Bridge(橋)」の違いなどを文脈から判断して訳し分けるといった技術を培ってきました。

私たちが目指しているのは、日常会話のサポートではなく「業務の生産性を上げること」です。グローバル化が進む中で多言語の会議が増えていますが、相手の話を聞いてテキスト化された文章を読むだけでは、どうしても生産性が追いつきません。そこで、生産性向上の延長線上のロードマップとして、音声翻訳機能の追加に至りました。

背景には、弊社が実施した調査結果の数字があります。日本企業では、勤務時間の約2割が多言語の翻訳作業やその確認対応に奪われていることが分かりました。また、多言語での会議において「母国語でないと気軽に話しにくい」と感じている方が約3割いらっしゃいます。この3割の方々の意見が吸い上げられないと、会議体として非常に非効率であり、明確な機会損失に繋がってしまいます。

さらに深刻なのは、言語の壁が理由で「年間で平均4.8件の失注が発生している」「意思決定層の約8割がグローバル展開や交渉を躊躇している」という事実です。本来なら提案内容や事業のポテンシャルで決まるべきビジネスが、言語を理由に失注したり結果が出なかったりするのは非常にもったいないことです。そうしたハードルを下げ、ビジネスの機会損失を防ぎたいという強い課題意識が開発の根底にあります。

業務フローへのシームレスな統合と、同時通訳レベルのリアルタイム性の追求

Q. 導入企業が現場で直感的に使いこなすためのUI/UXの工夫や、遅延(レイテンシー)を防ぐための技術的な実装について教えてください。

石井さん: まず大元の設計思想として、現場の業務ワークフローにシームレスに組み込めるプラットフォーム化を目指しています。翻訳業務でありがちな「テキストをコピーして、翻訳ツールに貼り付け、翻訳結果をまたコピーして元の文書に戻す」といった手間を省きたいと考えています。Word等で作成したフォーマットがそのまま多言語化されるなど、ユーザーが「翻訳ボタンを押す」ことすら意識せずに一気通貫で処理できる環境を作ることが重要です。

音声翻訳で最も難しいのはリアルタイム性の確保です。現在、人間の同時通訳者の方が少し間を置いて被せるように翻訳を行っていますが、我々もあのレベルの遅延で提供することを目指しています。できる限りリアルタイムに近い状態で、同時通訳と同じくらいの遅延で翻訳できることを目指しています。

 先日、弊社のお客様向けイベントで、来場者の皆様にイヤホンを付けていただき、人間の通訳者を入れずにこのVoice-to-Voice機能だけを使ってプレゼンテーションを行いました。一部、固有名詞や同音異義語の誤りはありましたが、意味はほぼ正確に通じ、十分にコミュニケーションが成立することを実証できました。

 技術的な工夫としては、AWSの日本リージョンを活用することで物理的なレイテンシーを最小限に抑えています。また、会話中の「あー」といった間投詞(フィラー)を認識して翻訳から省いたり、誰かが途中で割り込んできたり同時に発話したりした場合でも、発話状況を正しく認識して自然に翻訳できる仕組みを実装しています。

さらに、製造業、法律、医療など、業界ごとに必ず「定訳」となる専門用語が存在します。そうした特殊な用語に対しては、汎用の翻訳エンジンだけでなく、各企業様独自の用語集(グロッサリー)を登録して併用していただくことで、間違いのない円滑な翻訳を実現しています。

学習データに利用しないGDPR準拠のセキュリティと、専門家が担保する翻訳精度

Q. 類似のサービスや他社の翻訳ツールと比較した際、DeepLの音声翻訳ならではの独自性や差別化ポイントはどこにあるのでしょうか。

石井さん: 大きく分けて「精度の高さ」と「厳格なセキュリティ」の2点があります。

まず精度についてですが、弊社の前身は言語を専門とする企業であり、社内外に言語の専門家の強固なネットワークを持っています。自社のAI翻訳エンジンの訳出が本当に正しいか、適切なニュアンスか、バイアスがかかっていないかなどを、常に人間の専門家が確認し、フィードバックを与えて精度を高めています。この「人間参加型」の学習プロセスがあるため、翻訳精度においては他社よりも一日の長があると自負しています。実際、翻訳・ローカライゼーション・通訳および言語AI分野の調査・市場分析を専門とするSlatorが実施した独立ベンチマーク調査では、Microsoft TeamsやZoomなどの翻訳機能と比較しても、段違いに精度が高いという数値結果が出ています。

 もう一つの強力な差別化ポイントが、セキュリティとデータプライバシーです。弊社はヨーロッパ発の企業であるため、EUの非常に厳格なデータ保護規則であるGDPRに準拠しています。最大の特徴は、お客様が翻訳したデータを弊社のAI学習に一切利用しないという点です。データは完全にお客様のものであり、我々が触れることはありません。会議の機密情報や社外秘の文言を絶対に外に出したくない、あるいはデータを日本国内に留めておきたいというセキュリティ要件の厳しい企業様に対して、最も安心できるソリューションを提供できるのが強みです。

大手企業での先行導入と、翻訳コスト37%削減の成果

Q. 現在先行して導入されている企業様での具体的な活用方法や、導入後に得られている成果についてお聞かせください。

石井さん: 音声翻訳機能である「Voice-to-Voice」の実利用に関する本格的な事例公開はこれからになりますが、本機能が実装される前の「Voice for Meetings」やテキスト翻訳の領域では、すでに多くの大手企業様に導入いただいています。

例えばNEC様には世界で最も早く採用いただき、社内の生産性向上や翻訳コストの削減に役立てていただいています。製造業ではパイオニア様に全社導入いただいているほか、協和キリン様では翻訳関連コストを37%削減したという具体的な成果も公表されています。

導入後に生まれている最も大きな変化は、グローバルでのコミュニケーションの質的な向上です。これまでは、海外事業部のスタッフ同士が「お互いの第二外国語である英語」で無理にコミュニケーションをとっていたため、本音が十分に伝わらないという課題がありました。DeepLを導入することで、双方が一番話しやすい「母国語」で言いたいことを言い合えるようになり、より本質的で深い議論ができる環境が構築されています。

今回のアーリーアクセスについても、実数は非公表ですが非常に大きな反響とお申し込みをいただいており、本社側もその期待の高さに驚いている状況です。

自分の声で翻訳される「ボイスクローニング」と、オフライン環境への対応に向けた展望

Q. 本機能に関して、今後どのような技術的なアップデートや機能展開を予定されていますか。

石井さん: 現在、2つの大きなアップデートに取り組んでいます。

1つ目は「ボイスクローニング」機能の実装です。初期段階では出力される音声が汎用的な男性・女性の声に限られていますが、将来的には「発話者自身の声、話すペース、イントネーション」をそのまま再現して翻訳先の言語で出力できるようにします。現在社内で検証を進めており、例えばポーランド人である弊社のCEOがドイツ語で話した内容が、彼自身の声質とニュアンスを保ったまま綺麗な英語に翻訳されるデモがすでに成功しています。これを皆様にご提供できるよう鋭意開発を進めています。

2つ目は「オフライン対応」の検証です。現在の製品は基本的にクラウド・ネットワーク接続を前提としていますが、実際のビジネス現場は綺麗なオフィスだけではありません。製造業の工場現場、流通業の巨大な倉庫、あるいはインフラがまだ十分に整備されていない東南アジアの現場などで直接交渉や指示出しを行う際、Wi-Fi環境が確保できないケースは多々あります。そうしたネットワーク環境が不十分な最前線(フロントライン)でも翻訳サービスを利用できるように、オフライン機能の提供に向けた検討を行っています。

Q. 最後に、DeepL社全体として、今後AIを通じてお客様にどのような価値を届けていきたいか、全社的な展望をお聞かせください。

石井さん: 会社として目指しているのは「言語の壁を完全に取り払う」ことです。

これからのビジネスにおいて、「英語ができないから」という理由だけで優秀な社員が価値を発揮できない環境は無くしていかなければなりません。企業側も、特定の言語を話せる人材だけを苦労して採用したり、社内で膨大な時間をかけて語学教育を行ったりするのではなく、「ビジネスで結果を出すためのベストなプロジェクトチームを作れば、言語の問題はすべてDeepLが解決してくれる」という状態を作るのが理想です。言語がボトルネックになって個人のポテンシャルが埋もれてしまう環境をなくし、多様な人材が100%の力を発揮できるように支援していきたいと考えています。

一方で、これは「人間の通訳者をAIに置き換える」という意味ではありません。絶対にミスが許されない国際交渉やM&Aなどの高度な現場では、今後も必ず人間の通訳者が必要であり、彼らの専門的な価値はむしろ高まっていくと見ています。多言語能力を持つプロフェッショナルの価値はより高まりつつ、語学が苦手なビジネスパーソンも自由にポテンシャルを発揮できる。そんなビジネス環境の実現に向けて、今後もプロダクトを進化させていきます。

読者の皆様にも、ご自身の発話がリアルタイムに他言語に変換される体験を、まずはWeb上のプレイグラウンド等で実際に試していただき、自社の業務改革に向けたイメージを膨らませていただければ幸いです。

×