ゲスト
介護現場の深刻な人手不足をICTで解決し、AI活用の普及啓発とシステム運用を推進
NPO法人タダカヨ 清水(ノブブ)さん、川上(ヨーヘイ)さん、本田(ヤスス)さん、近藤(ゆり)さん、野口(のぐっち)さん
2020年11月に設立され、高齢者分野に特化して活動するNPO法人。介護業界の深刻な人手不足や社会保障費の課題をICTの力で解決することを目指し、現在6年目として全体194名の体制で活動している。
埼玉県でソーシャルワーカーとして活動している清水さんをはじめ、新潟でケアマネージャーを務めながら間接業務でのAI活用を啓発する川上さん、長年の福祉現場経験をもとにITを独学し専門学校でAIを教える本田さん、横浜の社会福祉法人で事務をしながらシステム開発を学ぶ近藤さん、枚方市でケアマネージャーを務めシステムの運用・保守を担う野口さんなど、全国各地の多様なメンバーが現場の知見を活かし、介護業界の働きやすい環境づくりに幅広く尽力している。

この事例のポイント
- 圧倒的な時間不足と本職エンジニア不在のシステム改修
メンバー全員が本業を持ち、副業としてNPO活動に参加する中、194名分の情報を管理するシステムがフリーズ。非エンジニアの集団にとって、従来の手法では改修に少なくとも24時間以上かかることが大きな壁となっていた。 - 2〜3年かかる技術習得をスキップし、AIに乗り越え方を聞く
プログラミング知識の習得をスキップし、ClaudeとのバイブコーディングによるAI駆動開発へ移行。壁にぶつかった際もAIそのものと対話して乗り越え方を聞くことで、5時間かかる振込作業を10分に短縮した。 - キーマンと役割:勉強会を企画した野口さんと開発の基礎を築いた本田さん
本田さんがデータモデリング等の基礎を整え、野口さんが毎月の「AI駆動開発勉強会」を企画。楽しさを重視した体験を提供することでメンバーをエンパワーメントし、事務職の近藤さんが、自然言語を用いてシステムのフロントエンド開発を担うまでに成長した。 - セキュリティの壁を越える環境整備:厚労省ガイドラインの遵守と学習防止
個人情報を守るため、現場へリスク教育を徹底。開発環境には、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)に対応した「Google Cloud」を採用し、併せてデータが学習されないClaudeのチームプランを導入することで、「正しく恐れる」ための環境を整備した。
5時間の振込作業が10分に。AI駆動開発がもたらした時間創出
Q. 皆様本業をお持ちの中で活動されているとのことですが、生成AIを導入したことでどのような定量的な成果が出たのでしょうか。
A. 120名分の振り込み作業が5時間から10分に
本田(ヤスス)さん: 主に2つの大きな成果がありました。1つ目は月1回発生する約120名分の振り込み作業の効率化です。AIを活用して「PayPay銀行振込データ生成ツール」をプログラミングしたことで、以前は1人の担当者が5時間かけて行っていた作業が、約10分に短縮されました。
2つ目は、AI駆動開発によるシステム開発・移行の効率化です。194名のメンバー情報を1つのスプレッドシートにまとめてデータ分析などを行う仕組みがあったのですが、これをClaude Codeを活用してクラウドシステムに移行しました。AIを使わなければ3人がかりで1週間、少なくとも24時間はかかる規模のシステム開発ですが、私1人で数日のうちに完了させることができました。
清水(ノブブ)さん: 私たちは皆、本業を別に持っており、副業としてこのNPO活動を行っています。家庭のことや本業がある中で、NPOの使命を果たすためには業務をフルに効率化しなければならないという強い背景があり、AI駆動開発をぐんぐん進めています。
関数を手探りで書く日々からの脱却。Claudeを使った開発プロセス
Q. AI駆動開発を取り入れる以前は、どのような方法でシステム開発や業務効率化に取り組んでいたのでしょうか。
A. ネットで関数を探して手書きしたり、ノーコードツールを駆使したりして対応
川上(ヨーヘイ)さん: AI以前からも、Google Workspaceの一連のシームレスな連携を活用し、組織全体の効率化は図っていました。
野口(のぐっち)さん: 開発面では、以前は手書きするしかありませんでした。ネットで自分のやりたいことに合う関数を探して組み込み、うまくいかなければ別の方法を試して原因を究明していくという手探りの日々です。簡易的なものではExcelのセル参照を使ったりもしていました。
本田(ヤスス)さん: ノーコードツールも活用しており、Google AppSheetやkintoneなどを使っていました。清水さんがkintoneでの開発をしてくださったりもしています。
Q. 様々なツールがある中で、生成AIをシステム開発のメインに据え、特にClaudeを選定された理由は何だったのでしょうか。
A. 2〜3年かかる技術習得をスキップでき、Opusの登場で設計のコントロールが容易に
本田(ヤスス)さん: AI最大の魅力は、技術と知識の習得をスキップできる点です。本来なら2、3年かけて勉強しなければ作れないものが、5分、10分でいったん動くモックとしてできあがります。この「やってみたい」と思わせる良い体験を優先できることが、AIを選んだ決め手です。結果として各メンバーの主体性が引き出され、事務職の近藤さんが自然言語を用いてフロントエンド側の対応を各所で担えるまでになりました。
ツール選定については、メンバー全体ではGoogle Workspaceのビジネスプランを利用しているためGeminiを使い、セカンドオピニオンとしてChatGPT Codexを使うこともあります。しかし、開発においてはClaudeのOpusやSonnetがメインです。去年(2025年)の夏頃にOpusが登場し、明らかに性能が抜けました。コーディングルールなどを制御する「ハーネス」を組みやすくなり、コントロール可能な状態になったことが大きな理由です。
Q. 個人情報を扱う上での前処理や、実際の開発フローにおいてAIをどのように組み込んでいるのか教えてください。
A. センシティブな情報を保護し、Claudeとのバイブコーディングで要件定義から実装まで完結
川上(ヨーヘイ)さん: 前処理として最も重要なのはセキュリティです。私たちは医療介護業界にいるため、障害や病気の有無といったセンシティブな個人情報を扱います。これらを安易にAIに投げると厚労省のセキュリティガイドラインに抵触するため、現場にはそのリスクを徹底して教育し、患者さんの尊厳を守るステップを必ず踏ませています。
本田(ヤスス)さん: 開発の文脈では、法人内の194名分の個人情報をスプレッドシートから読み込ませるため、学習されないClaudeのチームプランを契約しています。データベースは元々私がRDBで設計し、GCPのBigQueryに入れて基礎を固めました。プロジェクトごとに文脈を分けているため、干渉し合わずに良いデザインができています。
実際の開発は、毎週1回のオンラインミーティングでのバイブコーディングが基本です。Claudeに要件を投げてアーキテクチャを考え、プランモードで実装を走らせます。できたコードをGitHubで共有し、近藤さんにプルしてもらってClaudeでフロントエンドを作ってもらう流れです。
レビューに関しては、私がOpusを使ってコンフリクトがないかを確認し、GitHub ActionsのCI/CDでLintなどの静的コードチェックを行っています。DRY原則が守られているかなどのコーディングルールは、ClaudeCodeのグローバル設定でしっかりと定義しています。
事務職が自然言語でフロントエンド開発に対応。楽しさが生んだ学習の連鎖
Q. フルリモートで活動される中で、AIの利用率はどの程度まで浸透しているのでしょうか。
A. 利用率は8割。リアルな勉強会を通じた「楽しさ」の共有が普及の鍵に
清水(ノブブ)さん: AI駆動開発を行っているのは4名程度ですが、チャット形式でのAI活用を含めると、全体の8割程度は利用しています。タダカヨは元々「ICTを使って介護現場を良くしたい」というビジョンに共鳴してジョインしてくれたICT感度の高いメンバーばかりなので、普及自体に苦労はありませんでした。
本田(ヤスス)さん: 開発メンバーの巻き込みについては、野口さんが企画してくれたリアルな勉強会が大きかったです。一時期は私が住む大阪に毎月1回、東京などから8名ほどが集まり、丸1日かけてAI駆動開発の勉強会を行っていました。皆の都合が合えば、いつでも集まる気満々です。
近藤(ゆり)さん: 皆、本職のエンジニアではないからこそ、かっこよさよりも「楽しさ」になびくんです。本田さんが楽しそうに開発しているのを近くで見たいという思いがイベントの魅力になっています。環境整備をしてくださっているからこそ、ただ楽しく自分のやりたい気持ちだけで進んでいける環境ができあがっています。
Q. 経験や知識がないと、最初は思ったようなアウトプットが出ずに壁にぶつかることも多いと思います。そうした困難をどのように乗り越えましたか。
A. 乗り越え方すらAIそのものと対話して聞くことで、自己解決のサイクルを確立
近藤(ゆり)さん: AI駆動開発を始める前は、壁にぶつかると野口さんなど周りの人に色々聞いて助けを求めていました。しかし今では、AIそのものに乗り越え方を聞きながら、対話を通じて解決策を見つけていける感覚を持っています。セキュリティ面で不安になった時だけは人に確認してもらいますが、それ以外の技術的な壁は、乗り越え方すらAIにお願いして解決しています。
清水(ノブブ)さん: 私たちは介護業界の人間なので「誰かの課題を解決する」「誰かに寄り添う」ことが何よりのやりがいなんです。AIそのものがすごいというより、AIというツールを使って誰かに寄り添えるようになる過程がとても楽しいのだと思います。
AI事故を教訓に。介護業界の未来を変える「正しく恐れる」AI活用
Q. 最後に、組織内でのAI活用と外部への発信、それぞれにおける今後の展望をお聞かせください。
A. 社内で安全なバイブコーディングのシラバスを確立し、全国26万件の介護事業所に発信
本田(ヤスス)さん: 社内的な展望としては、安全にバイブコーディングできる文化を醸成したいと考えています。2026年4月に、AIを活用したことによる事故が世界の各所で多発しました。これを教訓に、法人内で突発的に30分の勉強会を開き、関連する事故のリスクについて共有しました。今後は法人内でシラバスを細かく組み、安全なバイブコーディングの勉強会を重ねていきます。それが成功し、安全な方法が確立できたら、外部向けにも発信していきたいです。
川上(ヨーヘイ)さん: 外部への発信としては、全国26万件の介護事業所にICTやAIを届けるというミッションがあります。介護職の本来の仕事は対人援助ですが、事務作業の負担が大きく、やりたいことに手が回らない現状があります。ここをAIで効率化できれば、日本の介護や福祉の未来を少し変えられると信じています。現在、ほぼ毎日1時間程度の無料オンラインPCスクールを開催しており、最近はAI活用のコンテンツも増えています。
Q. この記事を読む福祉業界のDX担当者や、これからAI活用を始めたいと考えている方々へメッセージをお願いします。
A. ICTを「正しく恐れる」ための知識を身につけ、使うための背中を押すことから始める
清水(ノブブ)さん: 「正しく恐れる」ということを伝えたいです。介護業界は他業界に比べてICT化が遅れていますが、現場に理由を聞くと「怖いから」と答えます。怖いのは正しい知識がないからかもしれません。何が危険で何が安全なのかを啓発し、ICTの使い方をただ教えるのではなく、使うための背中を押し、寄り添うことが重要です。楽しくAIやICTを学べる環境を作っていければと思います。