社内工数削減と毎日利用率88%を達成。全社AI推進とワークフロー改善

※本記事の内容は、2026年5月の取材時点の情報に基づきます。

ゲスト

ゲーム業界のレガシーな業務をAIで変革する推進リーダー
株式会社ドリコム AI部部長 國安さん

前職でのLLM開発や全社戦略のコンサルティング、ソフトエンジニアリングの知見を活かし、株式会社ドリコムに参画。2023年初頭の部門立ち上げから全社的なAI活用推進とワークフロー改善を牽引。エンタメ領域に特化した翻訳やユーザーボイス分析などのプロダクト開発も指揮。導入から約1年で全社員の9割近くがAIを毎日利用する文化を形成することに成功。

この事例のポイント

  • 利用率88%を達成した利用実態の把握方法:自己申告のアンケートに頼らず、システム管理情報から統計的に職種ごとの利用状況を定性・定量で解析し、施策に落とし込んだ
  • 現場の反発を乗り越え「使っている方がかっこいい」文化を作る方法:私的な質問を許可してワクワクする瞬間を作り、社内ポータルをコーディング未経験者がAIで作るなど、楽しさと実用性を両立させた
  • AI導入における「人間」の役割の切り分け方:作業を「システム」「AI」「人」の3層に分け、AIの出力を人が修正して再学習させるヒューマン・イン・ザ・ループを各フローに組み込んだ
  • キーマンが実践した泥臭い現場理解のプロセス:外部人材に任せず、推進担当者自らが社員のほとんどにヒアリングを行い、階層別にタスクを構造化して真の課題を抽出した
  • 失敗を資産に変える心理的安全性の担保:「何でも解決するボット」や「全テストケース自動生成」など、AIでも難しかった事例を失敗として社内ポータルで共有し、できる・できないの判断基準を育てた

毎日利用率88%を達成。社員270人中230人が活用

Q. AI導入による具体的な効果と、主に活用しているAIモデルや業務領域について教えていただけますか。

A. 毎日利用する社員の割合が88%に達し、推定11億円のコスト削減とともに、Claude等を活用した業務改善が進んだ

國安さん: 一昨年(2024年)の1月から12月にかけて、AIを毎日利用する社員の割合が22%から88%まで向上しました。日本全体で月に1回でも触る人が20%程度と言われる中、9割近くの社員が毎日AIを活用している状況は大きく進んでいると自負しています。現在、全社員約270人のうち230人弱が毎日AIに触れる文化が定着しています。

また、実際のキャッシュフローが浮いたわけではないため、LLMの活用に伴う作業効率に関する指標はあくまで参考値と捉えています。

活用領域については、社内で成果が出たユースケースをプロダクト化して外販もしていました。具体的には、ユーザーボイスの分析、翻訳、文章の校正、ゲームのQA、カスタマーサポートのフォローなどです。現在はClaude Codeを過半数の社員が使用し、コーディングエージェントを含めたソフトウェア開発や、出版・ゲーム業界特有のニッチなワークフロー改善に手を入れています。

利用モデルとしては、オープンなものからクローズドなものまで全て検証しています。社内ではAnthropicのClaude OpusやGPTを推奨していますが、安価なモデルでもワークフローによっては十分だと考えています。Google Workspaceを契約しているため全社員がGeminiを使える環境もあり、各事業部が求める環境を提供しています。昨年(2025年)までは私のチームで最適なモデルを検証して意思決定していましたが、今期からは各チームで自律的に判断してもらう運用に変えました。

単純作業はAIに任せ、残りに人間のクリエイティビティを発揮しよう、という方針を制定

Q. AI部門を立ち上げた当時の背景や課題設定について教えていただけますか。

A. コストになりやすい単純作業の8割をAIで代替する方針を掲げた

國安さん: エンタメ業界の業務は比較的従来の手法が多く残り、手作業のプロセスも少なくありません。代表の内藤が新しい投資に積極的であり、部門立ち上げのタイミングで呼ばれたのが入社のきっかけです。私は前職からAIに関わっており、GPT-3登場以前からTransformerをベースとした技術に触れていたため、このトレンドをエンタメのニッチな分野でどう活用するかを強く意識していました。

初期に着手した課題は、コストになりやすい単純作業の改善です。一方で、画像生成に関しては、権利の保護やレギュレーションへの適応など、技術面、非技術面ともに環境整備がまだ追いついていないため、プロダクトへの組み込みは避け、検証程度に留めました。

社内には「全体の作業の8割はAIに任せ、残りの2割で人間のクリエイティビティを発揮しよう」と発信し、最初の1年はどこをAIで代替するかを強く意識していました。コストはAI以前からの課題でしたが、AIによって解決できる部分とそうでない部分が見えてきた段階でした。試行錯誤と失敗事例を積み上げながら、ワークフローの改善回数とノウハウを蓄積していきました。

階層別のヒアリングとヒューマン・イン・ザ・ループの組み込みを徹底

Q. データ整形やセキュリティ担保などの環境整備、そして技術的な実装はどのようなステップで進められたのでしょうか。

A. 現場への地道なヒアリングを実施し、業務を3層に分けて「ヒューマン・イン・ザ・ループ」を各フローに組み込んだ

國安さん: まずガイドラインや利用規約の整備から始め、当時は社内にAI部門がなかったため外部企業とアライアンスを組んで自社に導入しました。しかし、環境を提供しただけでは人は使いません。そこで、私は社員のほとんどにヒアリングを行い、スプレッドシートやExcel、Confluence、Notionといった現場のデータ管理状況をシャドーイングで可視化し、個別最適化を進めました。

ヒアリングでは、マネージャー、プロデューサー、現場担当者など階層ごとにタスクを言語化し、コストセンターの重み付けを行いました。トップダウンで「まずやってみる」こともありましたが、結果的に月2回の勉強会やハンズオンといった地道な啓蒙活動が一番価値を生みました。初回から社員の8割に自発的に勉強会に参加してもらい、AI活用文化醸成が進みました。

実装としては、業務を3つの領域に分け、それぞれのフローとして整えました。ルールベースのシステム処理、AIが補う曖昧な領域、そして人の領域です。例えば翻訳ツールでは、AIが出した曖昧な訳を人間が修正し、それをさらに学習させる「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の仕組みを各フローに組み込んでいます。

Q. プロンプトの工夫やファクトチェック・品質担保の仕組みについては、どのようなルールを設けていますか。

A. プロンプトの工夫よりも改善のサイクルを重視し、AIの出力をそのまま使用することを社内規定で厳格に禁じている

國安さん: 実のところ、プロンプトに過度な工夫はしていません。現在はエージェンティックな動きが重要であり、一度出た回答をどう改善するかというPDCAのサイクルをいかに短期間で自動的に回すかが大事です。プロンプトのテクニックよりも、改善し続ける仕組みを作ることが本質だと考えています。

品質担保については、例えば、当社が開発・運営している『Wizardry Variants Daphne』において、ゲーム内ワードなど正しく翻訳されているかなどを確認できるクローズドな社内環境を仕組み化して実装しています。

そして最も重要なルールとして、文章であってもAIの出力をそのままアウトプットとして使用することは社内規定で厳格に禁じています。協力会社に依頼した発注物をチェックせずに品質担保とするのがおかしいのと同じで、必ずディレクションをして品質を担保する義務を負わせています。これを怠れば品質担保自体を弊社ができていないことと同義になり、プロダクト責任者の重大な課題となるためです。

反対派を推進派に変えた私的利用の許可と失敗を共有できるAIポータル

Q. 全社的な利用率88%を達成できた理由を教えてください。

A. 私的利用の許可による行動変容と、アンケートに頼らずシステム管理情報から利用実態を解析する手法で定着を図った

國安さん: ワークフローへの落とし込みはPoCで並列稼働させました。一般的にPoCの92%がPoCで止まると言われる中、当社は失敗も成功も効率的に積み重ねられたと感じています。現場の底上げは全社一斉に始まり、代表よりも他の社員の方が早く使いこなすような状況も生まれていました。

実は、AI推進チームに入ったメンバーが最初はAI利用に慎重な立場でした。対面で「AIは使えません」と率直な意見を現場の担当者からもらうこともありましたが、そうした意見を言えるオープンな企業文化があったことが改善するきっかけにもなり良かったです。この壁を乗り越えるため、セキュリティ強度を保った上で「私的な質問もどんどんAIにしていい」など、触ってワクワクする瞬間を多く作ることが、明確な行動変容に繋がったと感じています。フランクに笑って話せるLT大会を開くなどして、今ではその慎重派だったメンバーも強力な推進メンバーに変わっています。

88%という利用率が継続している最大の理由は、社内アンケートに頼っていないからです。非匿名のアンケートでトップダウンで「AIを使っていますか」と聞けば、誰もが「使っている」と答えてしまいます。だからこそ、管理情報から統計的な解析を行い、職種ごとの利用状況を定性・定量で分けて施策に落とし込んでいる点が大きな違いです。

Q. 社内でのユースケース共有などはどのような仕組みで行われているのでしょうか。

A. 非エンジニアが自作した社内ポータルを活用し、成功体験だけでなくAIの限界や失敗事例も共有する文化を育てた

國安さん: 現在は社内にAIポータルを作成し、誰もがユースケースを自由に投稿して「いいね」を押せる仕組みを運用しています。実はこのポータル自体も、コーディング未経験の非エンジニアがAIエージェントを使ってゼロから自作したものです。こうした身近な活用事例を見せることで、「AIを使っている方がかっこいい」という文化を作っています。

印象的だったのは、うまくいかなかった失敗事例を共有するチームが出てきたことです。「全てを解決する万能質問ボットを作ろうとした」「ゲームQAのテストケースを全自動で作ろうとした」「ソーシャルゲームの売上テーブルデータを分析しようとした」といった、AIの能力でも単純なワークフローだけではなかなか難しかった事例です。できることとできないことの判断を、現場が自ら下せるようになったのは非常に面白い成果だと思っています。

心理的安全性を保つコミュニケーション支援と非エンジニアへの啓蒙を継続

Q. 最後に、今後のAI活用の展望や読者へのメッセージをお願いいたします。

國安さん: まだ解決できていない課題は多く、今後はコミュニケーションをサポートする領域に注力したいと考えています。心理的安全性を保ちながら、他者の気持ちを害さない配慮をAIでどう支援するかを検証しています。また、非エンジニアを含めた全社員がエージェントを使いこなすための啓蒙活動もまだまだ必要です。その上で、繰り返しとなりますが、AIを活用したエンタメ作りにおいては、著作権保護・模倣・盗用、クリエイターの権利保護の観点など業界全体の課題があります。 僕らはクリエイター、ユーザーどちらも尊重する立場を意識し、作品を提供すること、という立場はAI以前から変わりはありません。

他社のDX担当者にお伝えしたいのは、AIという言葉よりも「現場理解」が一番重要だということです。机の上で考えるのではなく、現場に出ないとうまくいきません。外部のコンサルタントに任せるのではなく、社内に現場理解のある推進担当者を置かなければ物事は動かないと強く感じています。

ドリコムはエンタメコンテンツを発信しつつ、AIなどの最新テクノロジーを事業に生かす取り組みを続けている企業です。ぜひこの記事を通じて、当社のそういった前向きな姿勢が伝われば嬉しいです。

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