ゲスト
属人的なSalesforce開発をAIで根本から作り変えたチームの牽引者
Repro株式会社 林さん
元々は開発部門に所属し、現在は社内システム全般、セキュリティ、法務を管掌している。ウェブサイトの速度改善プロダクトなどを展開する同社にて、DXチームを率いる。
2026年3月頃よりSalesforce開発にClaudeを本格導入し、設計と実装にかかる時間を1週間から1日へと大幅に短縮。AIを単なる便利ツールとして導入するのではなく、業務プロセス全体を再設計することで、現場への定着を成功させている。

この事例のポイント
- 手動管理からの脱却とシステム化: 複数部署からの要望による開発のバッティングや、手作業での履歴管理を防ぐため、AIを活用してSalesforceの設定をコード化し、一般的なシステム開発のフローを導入した。
- 非エンジニアでも回る運用設計: プロンプトの質によるブレを防ぐため、動作確認からレビュー、本番反映までの全手順をスクリプト(自動化プログラム)化。マニュアルに沿って進めるだけで開発できる仕組みを整備した。
- プロセスへの組み込みによる自然な定着: 「使わなければ業務が回らない」という必須の仕組みとして現場に渡すことで、自然な定着を実現した。
- 意図しない動作を防ぐパーミッション制御: AIが勝手にシステム操作をしてしまう運用上の壁に対し、実行してはいけない動作を指定するリスト(ネガティブプロンプト)を地道に整備して乗り越えた。
- 設計・実装の期間を1週間から1日に短縮: 業務プロセスを根本から再設計した結果、チーム全体の生産性が2倍に向上する成果を生み出した。
AI導入の背景。「ツール」ではなく「開発プロセス」の根本的な再設計へ
Q. そもそもSalesforce開発において、どのような課題を抱えていたのでしょうか。
A. 手作業での変更記録や、並列開発によるバッティングへのフラストレーションが限界に
林さん: 普通のソフトウェア開発なら変更記録が自動的に残せますが、Salesforceでは設定画面を手動で操作する必要があるので履歴管理が大変です。タスクのたびに、スプレッドシートへ手作業で「どこを変更したか」「これからどうするか」を一定の様式で記録しなければならず、すごく時間がかかっていました。
さらに、Salesforceは様々な部署から要望が来るため、並列で開発を進めます。すると、同時に同じ箇所を編集してしまうといったバッティングが起きるわけです。これを手動で防ぐには労力がかかり過ぎてしまうため、何とか改善したいとずっと考えていました。Salesforce自体の「DevOps Center」という管理機能も試しましたが、使い勝手が悪く実運用には乗りませんでした。
また弊社の場合、SalesforceをCRM(顧客管理)やSFA(営業支援)としてだけでなく、契約管理や請求管理まで行っており、かなり硬く作る必要があって通常よりも開発量が多いという課題もありました。
Q. 課題解決に向けて、なぜ生成AIに着目したのでしょうか。
A. AIであればSalesforceの設定情報をコードとして扱わせることができると確信した
林さん: 私はSalesforce以外にもデータマートの開発などをやっており、そこで先にClaudeを使ったシステム開発を試していました。PythonやSQLを使って作るものだったので、Claudeとの相性は非常に良かったのです。
その経験があったため、Salesforceのメタデータ(XML形式の設定データ)をClaudeに読ませて書き換えさせ、本番環境にデプロイ(反映)すれば、Salesforceでもコードベースの開発ができるのではないかと思いつきました。
こうした複雑な手作業による管理の限界を突破するため、生成AIを使って一般的なシステム開発のように履歴管理や連携を自動化する仕組みを作れないかと考えたのが、一連の業務プロセス見直しの起点です。
非エンジニアでも迷わず回る「業務設計」。AIが機能する環境づくり
Q. 実際にAIを業務へ組み込むにあたり、どのような運用フローを設計したのでしょうか。
A. AIのブレを防ぐため、全手順をスクリプト化して「作業の仕組み」として落とし込んだ
林さん: メンバーはAIの使い方を知らない状態だったので、業務フローの設計から全て準備した上で渡さないと絶対に実運用に乗らないと考えました。
生成AIは投げるプロンプトによって品質に差が出てしまうため、どういう手順で進めるかを徹底的に整備しました。具体的には、これまで使っていなかったGitHubでのコード管理を始めました。
開発の流れとしては、まずデベロッパーサンドボックス(安全に動作確認できるテスト環境)にデプロイして動作確認し、問題なければGitHubにプルリクエストを投げてレビューを受けます。レビュー時もClaudeのスキルを使い、OKが出たらステージング環境、そしてプロダクション(本番環境)へ反映するという一連のフローです。
エンジニアなら手作業でもできますが、非エンジニアでも間違えないよう、当初はこの1個1個の作業をスクリプト(自動化プログラム)にして、「この順番でやってください」とマニュアル化して渡しました。
現在は、マニュアルとスクリプトをClaude Skill(特定の業務手順をClaudeにあらかじめ定義しておく機能)にまとめています。マニュアルを人が読んで手順を追うのではなく、Claudeが一連の手順を理解し、メンバーとやり取りしながら次に必要な作業を案内することで、よりスムーズに作業を進められるようになりました。
Q. AIが実務で適切に機能するための工夫や、ルールの整備について教えてください。
A. ドキュメントとコードを同じ場所で管理し、Claudeが変更の背景を推論しやすい環境に
林さん: データが散らからないようにしたいという思いが強く、基本的にはGitHubとSalesforceに全てまとめて保管しています。工夫している点として、設計時に作った文書は必ず同じリポジトリ(保管場所)にそのまま入れるようにしました。
以前はドキュメントとコードは全く別の場所で管理されるのが普通でしたが、あえて一緒にしています。こうすることで、「どういう意図で変更が行われたか」というコンテキストをClaude自身が推論しやすくなり、精度が上がるからです。
また、セキュリティ面でも機密レベルを4つに分けたガイドラインを設定し、それぞれのレベルでどこまで自分の判断でやっていいかを明文化しています。
「使わなければ回らない」仕組み化と、現場への定着プロセス
Q. 新しい業務フローをチームに浸透させる際、どのように進められたのでしょうか。
A. モニタリングはせず、「このプロセスに乗るしかない」状態にして一気に展開した
林さん: 投資対効果(ROI)などの大層な計算はせず、エンジニアを1人雇うよりはるかに安いだろうという判断で、2026年3月頃に一気に展開しました。利用率のモニタリングは一切していません。なぜなら「もうこのやり方でやらないと開発の業務が回らない」という状態の業務フローとして設計し、そのまま渡したからです。
メンバーは以前からGeminiを壁打ちに使ってはいましたが、今回の仕組みで自分の作業時間が劇的に短縮される効果が明確だったため、否定的な意見や反発はほとんどありませんでした。開発に不慣れな部分を乗り越える大変さはあっても、それを超えるメリットの方が大きかったのだと思います。
Q. 現場に定着させていく中で、想定外の壁やトラブルはありましたか。
A. Claudeが勝手にシステム操作をする問題に対し、ネガティブプロンプトのリストを整備
林さん: AIに慣れていない人がうまく使えるようになるまでのトラブルはありました。Claudeとセッションしている中で、Claude自身がユーザーの要望を実現するために、こちらが意図していない変更をしたり、GitHubの操作を勝手にしてしまうことがあったのです。
その結果、GitHubに変なログが残ってしまい、それを私が修正するというトラブルシューティングを何度か行いました。これを防ぐため、実行してはいけない動作を指定するパーミッションリスト(ネガティブプロンプト)を地道に整備して乗り越えました。
Q. AIのハルシネーションへの対策や、メンバーへの指導はどのように行いましたか。
A. 「AIは間違えるもの」と伝え、自分の業務の勘を信じてAIに質問し続けるよう指導
林さん: 何かおかしな状態になったと言ってくるメンバーには、私が全てヘルプデスクとして都度トラブルシューティングを行いました。定型的な解決策はありませんが、「AIは確率的に正しそうなことを言っているだけで、間違うことはあり得る」と伝えています。
メンバー自身が普段の業務を一番分かっているわけですから、「なんか仕様がおかしいんじゃないか」という自分の勘を信じることが大切です。AIの言っていることで理解できないポイントがあれば、とにかく質問をし続けるスタンスで使ってくれと指導しています。
業務プロセス再設計が生んだ「生産性2倍」の成果と今後の展望
Q. 業務プロセスを根本から再設計し、AIを定着させた結果、どのような成果が出ましたか。
A. 毎日発生する設計・実装作業が1週間から1日に短縮。チーム全体の生産性が2倍に向上
林さん: 私が率いるDXチームの生産性は、一連のAI導入とプロセスの見直しによって倍になっています。
私たちは一般的な大手企業が社内システムを開発するのと同じように、要件定義から仕様書作成、実装、テスト、リリースというシステム開発のスタイルをとっています。要件定義にかかる時間は以前とそこまで大きく変わっていませんが、一番短縮されたのは設計と実装です。
今までなら1週間程度かかっていたであろう作業が、1日で終わるくらいのスピード感になっています。毎日のように発生する業務なので、月単位で見ると非常に大きな効果が出ています。時間を厳密に測って作業をしているわけではありませんが、一定期間内にこなしたタスクの量でざっくり計算しています。
Q. 今後、AIを組み込んだ業務プロセスをさらに進化させる構想はありますか。
A. 手作業で作っていたテストデータを自動生成し、開発クオリティを底上げする
林さん: 開発面では、自動テストの仕組み作りを始めました。Salesforceの開発環境は作るとまっさらでデータが入っていないため、これまでは動作確認のために手作業でテストデータを作っていましたが、非常に時間がかかっていました。
要件に合ったテストデータをAIで自動生成する仕組みや、結合テスト仕様書を格納して自動テストを回す仕組みを作りたいです。手動だと大変ですが、Claudeを使えば人間がやるより10倍くらいのスピードで実装できるはずです。これによりデグレード(既存機能への悪影響)もすぐ確認でき、開発クオリティが上がります。
全社的な展望としては、商談分析などに展開していきたいです。私たちはクライアントへコンサルティングも含めた価値提供を行っています。もらったデータや製品データを分析してインサイトを提案するのは、経験豊富な人ならできますが、そうでない人でも価値を出せる環境を作らなければなりません。
読者の方にお伝えしたいのは、Salesforceのメタデータを使ってClaudeで開発している会社はほとんどないと思いますが、やれば明らかに生産性が上がるということです。まだ世の中に実例が少なくても、まずは自分たちで時間を使い、とにかく試していくべきだと考えています。
また、AI活用の可能性は、単に一人ひとりの業務を効率化することだけではないと考えています。これまで個人の経験や専門性に依存していた業務を、AIを活用しながら仕組み化し、より多くのメンバーが高いレベルで業務を遂行できるようにする。閉じていた能力をAIによって組織全体に広げ、「組織能力の拡張」につなげていくことが重要になると思います。