顧客一人ひとりに寄り添った深い関係構築をAIで実現したいが、既存のツールは一問一答の業務効率化にとどまっており、顧客の内面を引き出すコミュニケーションに活用できていない——そんな悩みを抱えていませんか?
今回紹介するのは、Dentsu Lab Tokyoが広告コミュニケーション領域のR&D(研究開発)として進められているプロジェクトです。名作『銀河鉄道の夜』のキャラクター「カンパネルラ」をAIに演じさせ、人間と深く対話する体験型コンテンツを開発し、現在社内で検証を進めています。
本プロジェクトの最大の独自性は、単に質問に答えるだけでなく、段階的に関係性を深めながら「人間が考えるための補助線」を引く設計思想にあります。全体管理とリアルタイム対話のAIモデルを分担させるといった高度な技術的工夫により、極めて自然な対話を実現しています。本記事では、開発の背景にある課題意識や独自の技術的工夫、そしてカウンセリングや企業コミュニケーションなど今後の展望について、プロジェクトメンバーの末冨さん、与羽さん、星さんに伺いました。
▼末冨さん

▼与羽さん

▼星さん

“人とAIのコミュニケーションデザイン”を探求するR&Dの原点
Q. まずは皆様の自己紹介と、本プロジェクトの概要、そして開発の背景にある課題意識についてお聞かせください。
末冨さん: 私はもともと建築の出自ですが、現在は体験設計や空間を含めたコンテンツの制作に多く携わっています。本日は私と、プロジェクトの開発をしている与羽さん、そしてアニメーションなどの制作を担当している星さんの3名でお話しさせていただきます。私たちは皆、ものづくりにおいて実際に手を動かせるメンバーが集まっています。
プロジェクトの背景ですが、私たちは広告コミュニケーションの会社として、これまで企業と人、あるいは人と人の関係性を考えてきました。しかし、AIが無視できない存在となり、電通の調査(2025年7月)でも、対話型AIに感情を共有できると答えた人が64.9%に上り、『親友』(64.6%)や『母』(62.7%)と同水準 というデータが出るなど、状況は大きく変わっています。
今後は「人とAIのコミュニケーションデザイン」が非常に重要なジャンルになってくると考えました。AIにどう振る舞わせれば人は心を開きやすいのか。単に情報を答えるだけでなく、人間に寄り添うAIのあり方という哲学的な部分を検証するため、R&Dのテーマとしてこのプロジェクトを立ち上げました。
『銀河鉄道の夜』を題材に、人間の「考える補助線」を引くAIを開発
Q. 現在はどのようなコンテンツを通じて検証を行っているのでしょうか?
末冨さん: 最初はAI同士の会話の検証から始めました。人間は関係性によって発話を変えます。例えば、家族には「窓を開けて」と直接言いますが、友人には「この部屋暑くない?」と同調を求めますよね。そうした関係性による発話の変化がAIにどこまでできるのか、プロンプトを大量に検証しました。
そこから発展し、ゲームなどのコンテンツ内でキャラクターがどう振る舞うと没入感が高まるかを検証しています。ゼロから世界観を設定するより、既知の物語を使った方が理解が早いため、『走れメロス』や『桃太郎』などを試した結果、現在は『銀河鉄道の夜』のキャラクターである「カンパネルラ」をAIに演じさせる体験型コンテンツを中心に検証しています。

Q. カンパネルラを演じるAIとは、具体的にどのような対話体験ができるのでしょうか?
末冨さん: 『銀河鉄道の夜』は「本当の幸せを探す旅」を描いた作品です。そのため、カンパネルラとの対話を繰り返すことで、体験者自身に「自分の幸せ」について考える時間を持ってもらう構成にしています。
これまでのAIは「〇〇はどこ?」と分からないことを聞く対象でしたが、私たちが開発しているのは、人間が考えるための補助線を引いてくれるAIです。AIに何でも考えてもらうのではなく、人間にとって「考える」という行為をもう一度見直すきっかけになればと思っています。
最初は名前を聞くなどライトな事実ベースの会話から始まりますが、ステージが進むにつれて昔の話を聞き、その人の価値観を問うような内面的な深い質問へと移行していきます。最終的には、これまでの対話を通じて得た情報を俯瞰して分析し、ユーモアも交えながら客観的なフィードバックを行います。そして、「君ってこういうところに価値を感じている人なんだね」と、今後の生き方を少しエンパワーしてくれるようなメッセージを総括的に伝えて体験が終わります。


全体管理とリアルタイム対話、役割の異なるAIモデルを組み合わせた技術的工夫
Q. 表面的な会話から深い内面的な対話へと自然に移行していくとのことですが、裏側ではどのような技術的な仕組みや工夫があるのでしょうか?
末冨さん: ベースとしては世の中に出回っている一般的なLLM(大規模言語モデル)を使用していますが、カスタム設定によって時間の推移ごとに対話の方針や目的を少しずつ変化させ、疑似的にコミュニケーションの深さを生み出しています。いきなり距離を詰められても困りますし、ずっと表面的な会話のままでも深い話にはならないため、そのバランスを調整しています。
工夫しているのは、AIの役割を分担させている点です。目の前の人とリアルタイムに話すためのレスポンスを重視したAIと、全体の方針を管理するAIに分かれています。即時性を高めるAIは最終的なゴールを持たずにとにかく会話を優先し、その裏側で別のAIが今までの長い文脈を整理し、「最後にこういうメッセージを届けると良い」という方針をゆっくりと考えています。
また、『銀河鉄道の夜』という作品は駅ごとにシーンが遷移するため、モデルや対話目的の切り替えがパキッと不自然にならず、非常に相性が良かったと感じています。将来的には、体験者の性格に合わせて「いきなり深い話をしても大丈夫か、それとも時間をかけるべきか」といった対話の距離の詰め方も自動で分岐できるようにしたいと考えています。
臨床心理からパーソナライズ提案まで、対話型AIの幅広いユースケース
Q. 相手の内面を引き出すという点では、臨床心理や採用面接など、人間対人間の対話が求められる現場にも応用できそうですね。
末冨さん: そうですね。用途によっては慎重な検討が必要かと思いますが、例えばカウンセリングの領域では、日本ではどうしても「メンタルが崩れてから行く場所(赤信号)」というイメージが強いですが、本当は「黄色信号」の段階で気軽に相談できる環境があるべきだと思っています。
そうした時に、専門家に相談する手前のライトな相談相手としてAIが機能し、話すことで元気になれる場所を作れるかもしれません。そして、より深刻だと判断した場合には、スムーズに人間の専門家に繋ぐといった連携ができると良いなと考えています。
Q. 今後の社会実装やビジネス展開に向けて、他にどのようなユースケースを想定されていますか?
末冨さん: 大きく分けて、企業のコミュニケーション支援と、属人的な営業プロセスの代替という2つの方向性を考えています。
まず、これまでの広告は動画などで一方的に発信するのが主流で、企業のブランド人格はコピーやステートメントで規定されていました。しかし今後、企業がAIサービスを導入するようになれば、SiriやAlexaのように「AIの対話の仕方や性格」そのものが企業の顔つきになっていくはずです。そこに向けたAIへのアイデンティティの持たせ方や、いわゆる「演技指導」のような部分が重要になると考えています。
もう一つは、不動産や保険の販売など、その人の人生や好みを深く理解した上で提案が必要な領域です。単に条件を入力して診断結果を出すだけでは心に響きません。「自分の話をしっかり聞いてくれた」という対話のプロセスを経て初めて、提案に納得感が生まれます。AIが丁寧に対話し、その人の内面や隠れたニーズを把握した上で、例えば「あなたには東京ではなく、石川県のこの街が合っているよ」と、人間の知識量では網羅しきれない情報を持った最適なリコメンドを行う。そうしたストーリー性のある提案が可能になると考えています。
“答えのない問い”に向き合うエンタメを作り、新たなAIの活用法を共に探求したい
Q. ゲームやエンターテインメントの領域においてはいかがでしょうか。
末冨さん: 現在のゲームは攻略サイトが普及し、効率や最適解を求める傾向が強くなっています。しかし私は、今回のカンパネルラとの対話のように、「答えがないことを探すこと」や「対話を重ねて考えること」にこそ、人間ならではの面白さや価値があると思っています。
AIの方が効率的に考えることを得意とする時代において、人間が自ら「考えること」は今後、非常に贅沢なエンタメになっていくはずです。そういった体験をもっと増やしていきたいですね。
Q. 最後に、今後の展望や発信していきたいメッセージがあればお願いします。
与羽さん: 私たちの背後には、こうした複雑な体験設計から実装までを一貫して形にできる強力な制作チームが控えています。アイデアを構想するだけでなく、実際に多様なプロダクトを開発できる体制が整っていることは、大きな強みだと思っています。
星さん: このプロジェクトは「作って終わり」ではなく、これからどこに着地していくのか、まだ未知数の部分も多くあります。今回の発信を第一歩として、新しい可能性を一緒に形にしていける方々との出会いを楽しみにしています。
末冨さん: AIはどうしても「問いを解く」「解決策を見つける」という使われ方が主流ですが、私たちはそれとは違うアプローチでの使い方に強い関心を持っています。こうしたプロセス自体を面白がり、AIの新しい活用法を共に探求していける企業や研究機関の方がいらっしゃれば、ぜひ一緒に取り組んでいきたいです。