訪日外国人観光客に対して、街の魅力や歴史、ルールを深く伝えたいものの、多言語対応や従来のアナログな案内手法に限界を感じている——そんな悩みを抱えていませんか?
東急不動産SCマネジメント株式会社と株式会社STYLYが共同開発を進める「Local Lens AR」は、スマートグラス「XREAL」を通じて目の前の空間に情報を重ねて表示する次世代型の観光案内ソリューションです。4日間にわたり約140人を対象に実施した実証実験では、65%のユーザーが「従来のスマートフォンでの観光案内よりも体験として優れている」と評価し、大きな反響を呼んでいます。
本プロダクトは、単なる翻訳機能やナビゲーションにとどまらず、街のカルチャーへの理解を深めることを目的としています。DifyやOpenAI、ElevenLabsなどのAI技術を統合し、実際の風景に過去の映像や多言語の案内標識を重ね合わせることで、シームレスな体験を実現しているのが最大の特徴です。
本記事では、開発の背景にあった課題意識や、既存サービスとの決定的な違い、実証実験で見えてきたスマートグラスならではの導入の壁とその解決に向けた展望について、東急不動産SCマネジメント株式会社の佐々野さんと株式会社STYLYの渡邊さんに伺いました。
▼佐々野さん

▼渡邊さん

訪日外国人に「街の歴史とルール」を直接伝える手段を求めて
Q. 「Local Lens AR」の開発の経緯についてお伺いできますでしょうか。
佐々野さん: 我々の社内で、訪日外国人に対して「街のルールや歴史」を直接伝えられるものはないかと考えていたのがきっかけです。そのタイミングで、株式会社STYLYの渡邊さんも同じような構想を持たれていることがわかり、両社のニーズがマッチして一緒に開発を進めることになりました。
Q. 実際のサービス開発や、提供チームの体制はどのようになっているのでしょうか。
渡邊さん: サービス開発チームとしては、私を含めて6名体制で動いています。私の方で佐々野さんと企画の大枠や目的を整理し、実務面ではエンジニア4名、デザイナー1名が担当しています。エンジニアの内訳は、AI専任が1名、基盤開発が2名、コンテンツ制作が1名となっており、これらを取りまとめるプロジェクトマネージャーを配置して制作を進めました。また、今回は国内シェアNo.1のARグラスメーカー・XREAL社より、スマートグラスの機材提供および技術サポートをいただきました。ARで映し出される過去の写真は、表参道・原宿のローカルメディア「OMOHARAREAL(オモハラリアル)」よりご提供いただいています。
Q. 今回のサービスは、一言で表現するとどのようなものなのでしょうか。
佐々野さん: 一言で表すのであれば、スマートグラスを通じて商業施設の情報を目の前の空間に重ねて表示し、案内を行う「次世代型の観光案内ソリューション」です。
Q. 主な顧客対象として想定されているのはどのような方々ですか。
佐々野さん: 現在のところはBtoCを想定しており、直接インバウンドの外国人観光客の方々をターゲットとして考えています。
観光客の課題解決に特化。65%が「スマホよりARの方が良い」と回答
Q. ARを活用して具体的にどのようなことができるのか、主要機能について教えてください。
佐々野さん: 主な機能は大きく3つあります。1つ目は、開発の背景にもあった「街の歴史やルールを知っていただくための機能」です。スマートグラス上に街の過去の映像や歴史が重ねて表示されたり、ルールをご案内したりします。2つ目は、店舗情報や道案内のルートを表示する機能です。3つ目が多言語ガイドです。英語はもちろん様々な言語に対応できるため、日本語でしかメニューを記載していない飲食店でも、即時に多言語化して案内することが可能になります。
Q. 類似のサービスと比べた際、どのような差別化ポイントがあるのでしょうか。
渡邊さん: 競合となるような、ぴったり一致するサービスは現在のところないと考えています。一般的なスマートグラスは、翻訳に特化したものやナビゲーションに特化したものなど、実利的な機能ベースのものが主流です。一方、我々のプロダクトは「観光に来た人たちに、その施設や街により愛着を持ってもらうためのソリューション」として開発しています。その場所の文化やカルチャーをご理解いただくことを目的としており、観光客の課題を解決するためのソリューションベースで開発している点が最大の差別化ポイントです。
佐々野さん: サービスとしての競合を大きく捉えれば、「既存の人によるガイド」や「スマートフォンによる観光案内」になるかと思います。今回の実証実験(PoC)で「スマートフォンの観光体験とどちらが良いか」というアンケートを取ったところ、65%の方が「スマートグラスの方が良い」と回答してくれました。この体験価値の高さは、明確な競合優位性だと捉えています。
Q. 「Local Lens AR」を使用することで、従来のスマートフォンでの案内などと比べ、ユーザーの体験は具体的にどう変わるのでしょうか。
佐々野さん: 従来のスマートフォンでの案内では、視線を下に落としたり、画面と風景を交互に見たりする必要がありました。言語の壁も完全にはなくなりません。しかし今回は、スマートグラスを通して実際の目に見えている風景にARを重ね、過去の街の映像や案内標識をその方の母国語で重ね合わせます。視線を動かすことなく直感的に情報を得られるため、体験価値として全く違った有意義なものに変わると考えています。


Q. 対応言語は現在何カ国語ほどあるのでしょうか。
渡邊さん: 今回のPoCでは日本語と英語のみで実施しましたが、システムを切り替えればほぼ全ての言語に対応できます。しかし、実用上は日中韓にプラスアルファの言語をカバーできれば、基本的にはほとんどの観光客のニーズを満たせるかと考えています。
DifyとOpenAIを活用し、シームレスな多言語AIコンシェルジュを実現
Q. 実際にARグラスを使用する際の、典型的なユーザーフローを教えてください。
渡邊さん: 今回はXREAL社の「XREAL Air 2 Ultra」というARグラスを活用しています。ユーザーにはまずグラスをかけていただき、アプリケーションを起動します。その後、位置合わせやコンテンツを呼び出すためのマーカー(QRコードのようなもの)を見ていただくと、フロアガイドが出現します。あとはルートに沿って歩きながら、空間上に表示された情報に手で触れると、音声とビジュアルでアナウンスが流れる仕組みです。その過程で気になることがあればAIに質問し、AIが回答して疑問を解消してくれるという一連のフローになっています。
Q. ユーザー側での複雑な設定は不要で、シームレスな体験になっているのですね。内部で使用されているAIモデルや技術についてお伺いできますか。
渡邊さん: 基本的には、OpenAIの音声・テキスト認識と、ElevenLabsという音声合成(TTS)の技術を使用しており、それらをDifyというプラットフォームを使って統合しています。
Q. さまざまなAIツールがある中で、それらを選択された理由は何だったのでしょうか。
渡邊さん: 外部APIを活用して様々な機能を呼び出す必要があったため、ハブとなるオーケストレーション基盤が必要でした。そこで一番わかりやすく統合しやすいDifyを選びました。音声の読み上げについては、当時のタイミングで最もクオリティが高く高性能だったElevenLabsを選択しました。PoC当時はOpenAIを活用して検証を素早く回しましたが、現在はリアルタイムなコンテキスト理解や多言語翻訳に優れたGoogleのGemini AIの活用・検討を進めており、さらにシームレスなAIコンシェルジュ体験の実現を目指しています。
Q. ユーザーがグラスを装着してやり取りする際の会話履歴などは、AIの学習などに使用されるのでしょうか。
渡邊さん: 基本的に、体験中のトーク履歴はある程度ローカル端末に保存し、文脈を維持しながらやり取りができるようにしています。同じことを何度も言わないようにするための措置です。クラウドに上げて自分たちで独自のモデル学習を行うようなことは、実施していません。
4日間の実証実験のリアル。「グラスへの不慣れさ」という壁
Q. 今回実施されたデモや実証実験の概要と、ユーザーからの評価についてお伺いできますでしょうか。
佐々野さん: 3月19日から4日間、東急プラザ原宿「ハラカド」館内で実証実験を行いました。約140人の方に体験していただき、操作性や体験価値、スマートフォンとの比較、さらには「飲食店に入りたくなったか」といった項目についてアンケートを実施しました。結果として、インバウンドの体験者86%が課金意欲を示し、84%のユーザーがAR表示された周辺飲食店に関心を示しました。一定の事業として成立する手応えを得ることができたと思います。
Q. 特に評価が高かった点や、逆に見えてきた課題・改善点はどのようなものでしたか。
佐々野さん: インバウンドの方から非常に評価が高かったのは、実際の街の風景に過去の歴史が重なって見える体験です。また、最後にエンタメの演出として花火を用意したのですが、そういった要素も非常に反応が良かったですね。一方で課題としては、そもそもスマートグラスで体験するという「慣れ」が世の中にまだほぼない状態であることです。そのため、UIの分かりやすさや、誰でもすぐに入り込めるような導入の簡単さは、もっと磨き込んでいく必要があると感じています。
Q. 導入のハードルについては、技術的・デザイン的な観点からどのように捉えていますか。
渡邊さん: スマートフォンが登場した当初も、どう使えばいいのかわからない時期があったと思います。そこからナビやゲームなど様々なアプリが登場し、徐々にポテンシャルが認知されていきました。スマートグラスも同様で、「目の前にディスプレイがある」「空間にあるデジタルデータに手で触れる」という感覚自体への認知がまだ不足しています。一度理解していただければ本質的な価値はすぐに伝わるのですが、導入の初期設定や操作で時間がかかってしまうと、その価値を共有する時間が短くなってしまいます。UI/UXの改善はもちろんですが、グラスを体験する場所や接点を数多く作っていくことも、市場を開拓していく上で我々が担うべき役割だと考えています。
Q. 今後の展開として、製品化後の料金設定はどのように構想されていますか。
佐々野さん: まだ正式には決まっておらず事業化の検討段階ですが、実証実験のアンケートでインバウンドの方から「3,000円くらい」という回答が最も多かったため、その価格帯を軸に考えていきたいと思っています。また、基本はBtoCとお伝えしましたが、もし観光業者さんや自治体から要望があれば、BtoBの展開も選択肢としてはあり得る話だと考えています。
屋外への拡張と送客機能の強化で、都市観光と防災のインフラへ
Q. 製品のロードマップや、今後の展望として構想されていることをお聞かせください。
佐々野さん: 今回の実証実験は商業施設内のみの展開でしたが、元々は「街歩き」の体験としてスタートした企画ですので、屋外での街歩き体験の拡張は必ずベースとして進めていきます。また、AIコンシェルジュの機能もさらに利用シーンを増やし、こちらが用意した情報だけでなく、お客様との対話の中から自然に案内が出てくるような形に拡張していきたいです。さらに、店舗やエリア内への送客をしっかりと回せる仕組みを作ることで、単なる観光ガイドにとどまらず、一つのインフラかつメディアとしての役割を果たせるようにしていきたいと考えています。
Q. 技術的な観点からの今後の展望はいかがでしょうか。
渡邊さん: 元々は屋外での利用を想定していたのですが、昨年の段階では技術的なハードルが高く、まずは価値検証のために屋内で実施しました。直近では、屋外でも利用できる新たな技術基盤が発表されており、現在絶賛検証中です。それがうまくいけば、比較的早い段階で屋外利用が実現できると考えています。Googleが提供するGeospatial APIのような、都市空間を高精度で認識できる強力な技術基盤を活用することで、マーカーレスでのシームレスな屋外展開が可能になると考えています。佐々野さんたちのサービスにフィットする技術基盤をいち早く準備し、改善していくことが現在の目標です。
Q. 最後に、最終的に実現したい顧客価値についてお聞かせください。
渡邊さん: 日本に来たインバウンドの方々が、言葉の壁に困ることなく安心・安全に楽しめるサービスにしていきたいです。美術館の音声ガイドのように、街の中で音声とビジュアルを含めたガイドを楽しめるソリューションを作りたいと考えています。人力ではない、新しいXRソリューションとしての観光ガイドが当たり前になる世の中を、一緒に作っていきたいです。
佐々野さん: 私たちとしても、今後は「都市観光のメディア」という枠を超えて、「都市防災」などの観点においてもインフラになれば嬉しいと考えています。都市観光と都市防災、その両面を支えるインフラとして機能するツールへと育てていきたいですね。